マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 12
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早いもので今日でもう3月。
花粉飛び交う季節ですが、今年は今のところ体を緩める運動や外出時のマスクを欠かさないなど、近年になく気を使っているおかげか、今のところ大きな症状はありません。
経過報告はもう少し後日にするとして、本日は久々に「医食同源・マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!」の12話目をUPします。
今回は日本にも親しみのあるトスカーナ料理、それではお楽しみくださいませ!
マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ! 12
トスカーナ〜進化した貧者の豆スープ
掲載日:2004年12月01日
まいど、まいど、イダテンのゲンさんです!
早いもんで、そろそろ2004年も師走の時期だ。巷じゃクリスマス&正月商戦たけなわで、ありがてえことに今年もあっしは休む暇がねえ。
先日はお得意さまが出店されてる六本木ヒルズに行ってきたんだけど――まあまあ、街路樹が青いイルミネーションに彩られて、そりゃきらびやかだったなあ。
ちょっと前までは、表参道のイルミネーションがデートコースだったけど、「街路樹がかわいそう」とか言う、おかしな理由で取り止めになってから、若いカップルはみんな六本木に群がるようになったようだ。ま、このゲンさんにゃあ関係ねえ話だが、せいぜいあっしが仕入れたマグロでも食べて、人口の減少に歯止めをかけて欲しいと思う今日この頃さね。
今年は台風に地震と、折角盛り上がってきた景気に水を差す形になったが、まあ、この六本木ヒルズの平和な様子・・・良いんだか悪いんだかわからねえが、とりあえずは続いてほしと願うばかりさね。
ともかくもスイサンドンヤ・ドットコムさんの商品は、街のあちこちで浸透しつつある。どこかのお店で旨いエビやマグロを食べたなら――そいつは、もしかするとあっしが仕入れお品かもしれないよ!
トスカーナ料理も貧しさがルーツだった?
さて、今回のマンマミーア・イタリアン。
そろそろ南下してトスカーナ州、ウンブリア州、マルケ州という中部3州の町に出向いてみやしょう(予告したバルサミコ酢の話は、すまねえが後にさせておくんな。先に進まねえんでな)。
基本的にイタリアという国は田舎モンの集まりだというのが、あっしの考えだが、その中でもトスカーナ地方くらい田舎田舎したところはないだろう。
イタリアを旅行した人で、お気づきの方がいるかもしれないが、トスカーナより南に下ると、何でこんな不便なところに?――と思うような、小高い丘の上に都市や集落を見かけることが多い。
これはもちろん、ひとつには防衛上のためだ。1859年にガリバルディがイタリアを統一するまで、この国は都市国家の寄せ集めだったからな。
だが、それ以上にもっと深刻な理由というのが、実はマラリアだったのさ。
マラリアというのは熱帯地方の病気のように思われているが、実は、マラリア原虫を媒介するハマダラ蚊がいれば、どこでも起こりうる病気なんだ。日本では1959年を最後に撲滅されたが、その昔は、おこり、わらわやみ(瘧)と呼ばれて恐れられた病で、源氏物語にも記述があるし、平清盛の死因もマラリアといわれている。
イタリアでも――特にトスカーナ以南のイタリアでは、平地に水たまりが出来やすかったので、マラリアが蔓延した。医学の知識などない時代だったが、本能的に水たまりの湿地をきらった人々は、上へ上へと逃げていったんだな。その平地の空気――イタリアの古語で「悪い空気」(※1)を意味する言葉が、マラリアの語源になったそうだ。
支配階級の人は別にして、そんな環境の中で小作人の生活は苛烈をきわめた。現在は豊かになったトスカーナ地方だが、やはり他のイタリア料理の例にもれず、貧しさがルーツだったってワケなんだ。
たとえばトスカーナにはアクアパッツァならぬ「アクアコッタ」という、やはり貧しさから生まれた料理がある。アクアパッツが「暴れる水」なら、アクアコッタは「煮た水」という意味で、まあ日本語でいえば「水煮」ってトコだろう。
こいつは文字通り、クズ野菜の水煮。つまりは究極の貧乏料理だ。
タマネギをオリーブオイルで炒めてから、トマトとハーブを入れ水煮にし――よく煮込んだあとに卵を落して、パンにのせて食べる素朴なものさね。日本でいえば、お粥とかお茶漬けに当たるものかもしれないな。
※1 マラリアの「リア」は英語のairと同じ意味。
しみったれトスカーナ人
トスカーナ人は倹約家として有名だ。良く言えば質実剛健だが、同じイタリア人からは「しみったれ」と揶揄されることも多い。そんな連中らしく、その料理のベースは倹約の一文字。このあたりは、お隣の美食家エミリア-ロマーニャとはワケが違う。
その中で「リボッリータ」という、いかにも連中らしい郷土料理がある。言ってみれば、単なる田舎の豆スープだが、これが実に旨い!
トスカーナ人は「豆食い」といわれるほど、日常的によく豆を食べるが、レシピは前述のアクアコッタとほぼ同じだ。野菜と豆、そしてパンがあれば何でも良い。
基本材料はタマネギにトマト、ニンニクにオリーブオイル、セロリやニンジン、豚肉。そしてトスカーナ人が大好きなインゲン豆とカーボロネーロ(黒キャベツ)が加わる。
リボッリータというのは「再び煮込む」という意味で、その名の通り、一度作った野菜スープに固くなったパンを入れて、翌日また煮返して食べるというものだ。
翌日のカレーが美味なのと一緒で、こいつも次の日の方が旨い。味がこなれるのに加え、固かったトスカーナ・パンが、黒キャベツや豆などの味をすいこんで、とろけるような味わいになったスープは、まさにトスカーナおふくろの味なんだ。
進化した貧者の豆スープ
リボッリータの起源はよくわかっていない。だが残りもので出来ることといい、ルーツが不明なことからも、モトは名もない農民の料理だったことは想像できる。
この貧者の豆スープは、すでに中世になるとトスカーナの宿場で出される定番料理になっていたらしい。
14世紀から15世紀にかけてのトスカーナは、金融や商業で栄えていた。かのメディチ家(※2)全盛のもと、商人たちの往来が盛んになされていたんだ(今でも金融業は多いそうだがね)。その商人たちに振舞われた料理が、このリボッリータだったというワケさね。
食堂もレストランもなかった時代だから、食事は宿場の主な仕事だったワケだが、リボッリータは連中にとって何かと重宝なレシピだった。
まず、一度にたくさん作ることができるので、手間入らずなこと。煮返して何度も食べられること。さらに栄養バランスが良く、一皿を手軽に食べられて、しかも消化に良い・・・などなど、宿にとってはもちろんだが、忙しい旅人にとっても有難い料理だったんだ(お客さまにもお店にも嬉しい料理ってえのは、最高だよな!)。
なんせ、野菜と豆を豚肉のブロード(コンソメ)で煮込むんだから、これが体にわるいわけはねえやな。
この貧者の豆スープで腹ごしらえした旅人たちは、すっかり体力を取り戻し、また町から町へと渡り歩いて行ったんだ。典型的な農民料理だったリボッリータは、中世の頃には商人から、場合によっては貴族も好んで食べる一皿に進化していったって寸法よ。
※2 メディチ家/丸薬売りから成功し、世界初の銀行業を興したフィレンツェの門閥貴族。商業や金融で勃興し、その財力で学者や芸術家を保護してきたことで知られる。ミケランジェロやラファエロ、ボッティチェルリなどは、その庇護のもとで数多くの作品を残している。
トスカーナのパン
豆とともに、トスカーナでよく食べられている食材にパンがある。
え? 西洋人がパンを食べるのは当たり前だろうって?
お客さん、なに人の話を聞いてるんだよ。イタリア人ってえのは、パスタや米を食べたり、ポレンタやニョッキなんてトウモロコシやジャガイモを練り込んだものを食べたりと、デンプン類の選択肢が、中国人なみに多いんだ。
横文字野郎のくせしやがって、パンなんか無くたって平気な連中なんだよ。
そんなパンには冷淡なイタリア人の中で、トスカーナ人――いや、中部3州の人間だけはパンに執着がある。連中にとって、命の糧とも言えるのが「パーネ・トスカーナ」という、蒔かまどで焼きあげられた、こんもりした無骨なでっかいカタマリだ。
このパンの特徴というのが、イタリアのパンには珍しく塩味がついていないことだ。
その理由としては、トスカーナのプロシュートが塩辛いためだとか、その方がワインに合うからとか、さまざまなことが言われている。
塩に対して多額の売上税が課せられた中世にさかのぼるとの説もあり、伝統的にケチ・・・いや、倹約家で知られるトスカーナの人は塩抜きパンでそれを切り抜けたともいうが、ともかくもトスカーナの連中は塩抜きのパンを好む。
さすが銀行業で財をなしたメディチ家の末裔だが、そのパンの食べ方もムダなく、素晴らしくケチくさい。日にちのたった堅いパン――日本で言えば賞味期限の過ぎたパンは、パーネ・ラッフェルモと呼ばれ、大切にとっておかれる。
こいつは、前述の貧者の豆スープに入れたりして食べるわけなんだが、たしかに他の料理に転用しようとすると、下手に塩味がついてたりすると、文字通り味加減の塩梅がややこしくなる。ムダなく美味しく食べるには、塩味はかえってジャマになるということなんだろう。
残りものには福がある?
塩抜きのトスカーナ・パンは、出来立てよりも、ある程度日にちが過ぎたものを使うことが圧倒的に多い。最近では日本でもアンティパスト(前菜)として、よく出されるブルスケッタとかクロスティーニは、その代表といえるだろう。
地方によって色々と呼び名は変わるが、ざっくり言えばブルスケッタは、ガーリックトーストにトマトとオリーブオイルをのせたもの。クロスティーニは、レバーペーストなどをのせたカナッペと考えればほぼ間違いない。
ただカナッペというと、あっしらは白いサンドイッチ用のパンに、エビやキャビア、イクラなどを華やかに盛りつけたものを想像するが、クロスティーニってえのは、もっと荒削りなものだ。
使われるレバーは鶏のものが多く、本格的なクロスティーニは仔牛の脾臓のグリルと合わせ、白ワインと香味野菜と一緒に煮込む。これを無骨なトスカーナパンの上にのせていただくだけだ。いかにも素朴でシンプルな一品だが、これが旨い! これもまた究極の貧乏料理と言えるかもしれねえな。
よく粗食は長生きするなんてことを言うが、それは正確じゃあねえ。栄養価の低いものばかり食べていては、やはり長生きはできない。
貧乏料理ってえのは、残りものを上手に使うことが極意だろう? そうすると、どうしても色んな食材の切れ端だの何だのって、知らず知らずのうちに、多くの種類の食品を摂ることができるわけさ。その多くは搾りかすだったりするから、カロリーだって控えられる。
そんな意味で、トスカーナの貧乏料理というのは、シンプル好きなイタリアンの中でも素朴な料理が多い。安い材料をムダなく使い、しかも美味しく栄養価が高い・・・まあ、理想の家庭料理と言えるじゃないかな。
おっと、時間が来やがった。次回もトスカーナをはじめとする、中部3州にスポットをあててお話するよ。じゃあ、お客さん、次回をお楽しみに!
マンマミーア・イタリアンーと来たもんだ!
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