空中散歩の部屋

ジャイサルメールの孔雀

この絵の中心にある孔雀は
ウダイプルにある王宮のモザイクにイメージを得たものです

それをジーイー企画センター時代に
「色彩百科」という本のカバー絵として制作しました
数年後に背景を制作し 孔雀の部分を加筆したのが本作です
 

この風景は西インドはラジャスタン地方の
沙漠都市ジャイサルメールを描いてます

空の広い素晴らしい風景でした

沙漠都市ジャイサルメールを描いてます


ジャイサルメールのアチャールくん

ジャイサルメールは文字通り城塞都市

沙漠の中 突然空中に浮かび上がったような都です

パキスタンに近い地形ながら イスラム化されずに
ムスリムたちに屈しなかった屈強の人たちの築いた街であります

 実はこの絵はがき2枚分ほどの小さな作品です


 光の帝国

この作品のタイトルも「大家族」同様
マグリットの絵から拝借しています

もちろんまったく違う絵になっていますが
光の帝国 というニュアンスは残しています

岩のモデルはイタリアはサルディニア島の古墳ヌオーロ
宮崎駿の「天空の白ラピュタ」のモデルになったとも言われている遺跡です

ここの絵で気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんね
そうなんです
この世界は「おすもうエンジェルの部屋」との兄弟部屋なんですね
重力から解放された 文字通り「空中散歩の部屋」で
空の旅をお楽しみください

ルーヴルのシエスタおじさん

この絵は拙著「堪能ルーヴル」のカバー絵として制作したものです
ルーヴル収蔵作品のポーズという大それたことをしました

しかもシエスタおじさんまでルーヴルの上に登場させたりして

絵画といえど〆切には勝てず 納得いくまでとはいかずに擱筆しました

よって 実は未完成です
完成させて年末の展覧会に出品予定です

お楽しみに!


 アンコールのシエスタおじさん

こちらはカンボジアに出没したシエスタおじさん

ちょっと焼けてますね

「アンコール」としましたが
正確に言うとアンコールワット近隣の高床式住居

南国の空気をお楽しみくださいませ


コスタ スメラルダの天使

コスタ スメラルダはあのパリスヒルトンもやってくるという
イタリアはサルディニア島のリゾート地です
イタリア人がもっとも好きな場所 サルディニアですが
歴史的に海は外敵がやってきたので 人が住みませんでした
料理も基本は山村料理のマタギ料理ですが
豊富な海のものは 昔食べなかったのがもったいないくらい
青い空とターコイズの海を
5人の天使が合唱と角笛で讃えます

風の宮殿 チャンドラとスーリア

チャンドラとはヒンディー語で月
スーリアとは太陽のことです
 この空中都市のモデルは「ジャイサルメールの孔雀」と同じく
インド西部ラジャスタン州の沙漠都市ジャイサルメールです

「風の宮殿」というのは同じラジャスタン州ジャイプルにありますが
この絵とはまったく違う姿をしています
ジャイサルメールは素晴らしいところでしたが
狂犬病を持っている野良犬がちょうど発情期でした

あたりかまわず吠えているのがいやはや
現地の人は 平気でしっぽをつかんで叩いてましたけど
ほんとに空中都市ならいいのに
なんて ちょっと思ったりして


風の宮殿 ラケルとラウル

こちらも「風の宮殿」ですが
建物は上海租界時代の丸い建物を モデルにしています

ラケルとラウルは 右上に浮かんでる母子です

ラケルとラウルの下にある建物は南イタリア風

球体とおすもうエンジェルは
おすもうエンジェルの部屋」のそれと同様 素粒子的な存在です

海は中国最南端の海南島をイメージしました

海南島は今でこそリゾート地ですが 昔は化外の地で
鑑真和上が流れ着いたともいわれ
宋の時代には詩人 蘇東坡が政治犯で流刑にあった場所です

エアコンのない時代と今では
過ごしやすさが違いますから 昔は暮らすのが大変だったのかもしれませんね


 風の宮殿 アンコールの精霊

これはアンコールトムをモデルに描きました

絵の中の人は 絵の世界の中では見ることができません
彼らは絵を見ている人間にしか見えない存在です

なに それじゃユーレイかって?

わかりません
ただ ユーレイなら生きていた時期があるはずですが
彼らにそれはないと思うので 精霊か それとも妖怪か?

 なんだ いやだなあ♪
タイトルにちゃんと「アンコールの精霊」と書いてあるじゃないですか!


 バナーラス・ファンタジア

 バナーラスとは昔、ベナレスと呼ばれた
インド ヒンドゥー教最大の聖地
この絵は聖なる河ガンガー(ガンジス河)を描いているわけですね

ひとたびヒンドゥー教として生まれた者は
この地で最後を迎えるのを無上の幸せとします

「インドの教え/アチャールくんの路上日記」や
「中学生にもわかる仏教」でも
バナ-ラスは大きく取り上げています
インドに行くのがコワいという人は、
私の絵と著書でバーチャル体験をどうぞ!


山を運ぶハヌマーン

インドの古代叙事詩「ラーマヤーナ」では
孫悟空の原型と言われる猿の神さまハヌマーンが大活躍します 
ラーマ王子の弟ラクシュマナがケガをした時
ハヌマーンがヒマラヤのカイラーサ山で薬草を探すのですが
なかなか見つからないので
山ごとランカー島(スリランカ)に運ぶという場面を
この絵では表現しています
(あえてハヌマーンをこの絵では描いてません)
ハヌマーンが上空を通過したと言われる西インドには
ハヌマーンの落としたと伝えられる山のかたわれがあります
「2001年宇宙の旅」の原作者アーサー・C・クラークは
これを過去に隕石が落ちたことが神話となったと言っています


 大地 / The Good Earth

ゴヤの「巨人」の油彩画は 実はゴヤの作品ではないそうですが
このシリーズにはモノクロの素描が別にあり
この絵はそれにインスパイアされたものです

男性の巨人は破壊的なので
すべてを生み出す女性の巨人に変えました

より平和な作品になったと思っています 


二つの窓を同時にすり抜けるムンバイの天使

二つの窓を同時にすり抜けるというのは
素粒子1粒が 2つのスリットを同時にすり抜ける 物理学の不思議 のことです
天使は2つの窓をすり抜けて ムンバイのハイヤットに入り込みました!


ねえお父さん もっとお話聞かせてよ

この作品は2008年12月7日に世を去った
わが父 小暮陽三との思い出を描いたものです

物理学者だった父 陽三とは最後に共著を残すことができました

ちょっと空中散歩とはニュアンスは違いますが
部屋の中と父の頭の中では素粒子が飛び交っております


 大家族

気づくと「大家族」というタイトルは
このサイト内に3点もあることになります 
ひとつは「おすもうエンジェルの部屋」
もうひとつは この部屋のトップから2番目の絵です

そちらは明るいもののけの大家族ですが
こちらは夢の中の平和な大家族

もとは「ユングの部屋」にあったものを
こちらに移してきたものです


上海三十七階建遊覧車

この作品は学生時代に見た夢をもとにしています
ホントは「ユングの部屋」に入れたいんだけど
あまりにバカバカしい夢だったので こちらの部屋に来てもらいました
それは37階建てのバスに乗って
歌舞伎町や六本木を徘徊する夢でした

東京の景色は絵の感じに合わなかったので
上海の風景にすると、
なぜか運転手がパンダになってしまったのですね
 

油絵の中にフキダシを入れるのは勇気がいります
12年ほど前 ワダ・ファインアーツのオーナーから
「絵にフキダシ入れたら?」と言われたことがあり
今回たまたま そのことを思いだして試してみたものです
 

フキダシの中の文字は李白の詩の一節です
芭蕉の「奥の細道」の序文、「月日は百代の過客にして・・・」は
この一文を踏襲したもので
「流れゆく時は、絶えることのない旅人のようなもの」
という奥の細道と同じ意味であります 

 絵との関係は、みなさまご自由に想像していただければ幸いです。


 Ballad of Kari-blood

 Kari-blood・・・カーリーブラッドというのは未発表のマンガ作品で
これはその一場面を絵画にしたものです

60ページほどある ちょっとした中編ですが
どこからも採用されなかったので ずっとタンスの肥やしになっていました

今回 hpのリニューアルに伴い近日UPする予定です!

雑誌の採用には至っていませんが 作品のクオリティと面白さには自信あり
お楽しみに!


サンマルコのシエスタおじさん

20代の時の作品で いちばん最初にシエスタおじさんが登場したものです

ヴェネチアではじめてカーニバルに遭遇した時の印象と
シエスタを気持ち良さそうにしているおじさんを組み合わせました

はじめにシエスタおじさんを本にしようと言ったのは
わたしではなく編集者でした


 噴水のシエスタおじさん

この絵は大学院時代
女子校で講師をしていた時に通っていた公園をモデルにしています

この絵の公園は、後楽園近くの公園がモデルでした
20代の時、この近くの伝通院 がかかえる淑徳学園という高校で
わたくしは美術講師のアルバイトをしておりました
ちょうどこの絵を描いた時期であります

 

10年ほど前に通りがかった時 デジカメで撮影したのが下の写真です

色も形もだいぶ違いますが 知ってる人が見るとわかるかも

それよりこの公園 まだあるのかどうか

シエスタおじさん 改編してまた出したいところです


 1996年のシエスタおじさん

1996年は私がジーイー企画センターを退職し
フリーランスの道を選んだ年でもあります
年収120万円という夢のような生活の中で 描いた作品のひとつ
仕事はほとんどありませんでしたが 時間だけはいっぱいありました
作品もいっぱい描けたように記憶しています
なぜか描いた記憶のない絵ですが
私本人が描いたことは間違いないですね