堪能故宮

堪能故宮 in 台北

まどか出版 1,600円(税別)

堪能故宮は2007年にこけら落としをした、台湾の故宮博物院の大規模リニューアルに合わせて発刊したものです。

故宮のコレクションは歴代中国皇帝が、その座を明らかにさせるための、いわば三種の神器にあたるもの。

その数千年にわたる壮大なコレクションを、お気楽なイラストと文+マンガに集約したウルトラCの美術書です。

本編はイラスト部分満載で構成されてます。いわば魚介などの図鑑は、イラストで描かれているように、解説するには絵で描かれている方がわかりやすいのですね。

全部見ると一生かかるという故宮博物院ですが、それを半日で見ようという大胆ながら無謀で楽しい企画!

中国の歴史をダイジェストで知りたい方にもオススメします。

まずは「翠玉白菜」から

さて、みなさん。収蔵点数70万点を超えるこの故宮博物院ですが、まず最初は、その中でもっとも有名な展示品――「翠玉白菜」と「肉形石」から見ていくことにしましょう。

それにしても故宮博物院がリニューアルされて、しばらく経つというのに、いまだに大変な賑わいですな。ああ、押さないで、押さないで! アナタ、どこの国から来た人ですか? まさか日本人じゃないでしょうね。そんなに押さなくても、”白菜”も”肉”も逃げやしませんよ。でも有名な作品は、朝一番に来て見ることをオススメしますがね。

まあ「翠玉白菜」と「肉形石」も故宮の目玉とも言える作品。お昼過ぎに見に行った人の話では、1時間以上の入場制限に遭って、けっきょく他人さまの頭しか見られなかったと聞きますから、なるべく入場は早めにいたしましょう!

さーて、玉白菜の前に来ましたね。なに、思ったより小さいですと?

前に見たことがあるけど、こんな小さくなかったはずだ・・・ですか?

そうですね。ブリューゲルの「バベルの塔」などもそうなのですが、細工や描写が稠密な作品というのは、画集や写真では大きく感じるのに、実物を見ると意外に小さかった、なんてことが少なくありません。

私も翠玉白菜は前に見たことがあるのに、「こんな小さかったかな」なんて思っている次第です。不思議と何度来ても、同じことを感じるんですね。「バベルの塔」のような絵画作品の場合、平面で四隅がハッキリしているため、一度見ればその大きさを記憶しているものですが、立体作品――しかも工芸品の場合だと、大きさより細工の記憶が先立ってしまうためでしょう。

それにしても白菜とキリギリスのぶんざいで、なかなかのスケール感ですね。これでは、大きさがわからなくなるのも無理からぬこと。白菜のヒダや透明感、白菜の葉に体をうずめるキリギリスのリアルな存在感は比類ありませんな。

加えて注目したいのは、翡翠の原石がモトから持っていた色あいを十分生かしていることでしょう。白い部分は白菜の根元――緑色の部分は白菜の葉とキリギリス二匹を彫り込んでいますね。

いや~。自然の造形物をここまで行かした職人芸に乾杯!・・・と言いたいところですが、実は完全に原石を生かしたというワケではありません。葉の微妙な色の移り変わる部分は着色したというのが、実際のところだそうです。

それから”キリギリス二匹”というのは実は間違い。最近になって故宮博物院が、高名な昆虫学者に鑑定を依頼したところ、上にいる一匹はイナゴ――つまりバッタの仲間だということがわかったそうです。学者が見てそう言うのは、昆虫の持つ特徴を正確に彫っているということですしょう。

イナゴという昆虫は時々大量発生をして、農作物を根こそぎ食い荒らすことで知られてます。あの「三国志」の中にもイナゴによる飢饉の場面がありますし、中国を舞台にした小説、パールバックの「大地」でも、空を覆うほどのイナゴの大群がやってくる場面が印象的です。

そんな恐ろしい存在を、何で縁起ものであるはずの”玉器”に彫るのかといえば・・・イナゴは人間にとって農作物を食い荒らす害虫ですが、一方で不作の年には貴重なタンパク源として食べられてきた、ということもあるでしょう。また、キリギリスがイナゴのような大発生をするかどうかはわかりませんが、キリギリスもイナゴ同様繁殖力が強く、この玉器でも子孫繁栄の象徴としてモチーフに選ばれていると思われます。

また、白菜は清廉の象徴なんだそうで――翡翠のように貴重な素材を使って、白菜とキリギリスのようにありふれたものを彫るというにはそんな意味があるのですね。


はたして芸術? 本物と見まごう肉形石の存在

 では、みなさん。こちらをご覧ください! これが翠玉白菜とともに、故宮博物院でもっとも人気の肉形石です。

何だ、これは。どこからどう見ても豚バラ煮込みじゃないかって?

そりゃ、そうです。なんせ文字通り肉形石なんですから。しかもこの”豚バラ煮込み石”は、皮つきの本格的な東坡肉(トンポーロー)ですな。生の状態で皮を炙って、豚毛をすべて除去しないとこんな風にできあがりません。ほら、表面の毛穴の凹み――みたいなところまで、実物と見まごうほどではありませんか。

そちらの方、あまりに本物の肉に近いからですか? 笑ってますね~。

美術品でありながら、お笑い芸人の一発芸みたいな作品ですが、それにしても徹底的にリアルなもの。リンゴの写真を見ても誰も驚きませんが、リンゴそっくりの絵は感心してくれます、それはが自然石の玉であれば、なおさらのことでしょう。

ちなみに玉のモデルになった料理、東坡肉は北宋の詩人・蘇東坡@そとうば@が、左遷時代の手すさびに考案したという中華の代表的な一品です。

この料理は、まず豚バラ肉を丸のまま湯で煮込んだあと、油で揚げて脂抜きをします。揚げたら脂っこくなりそうなもんですが、バラ肉の場合、油で揚げることによって、浸透圧の関係からかえって余分な脂が抜けるんですな。下ごしらえした肉は5~6cm四方にカットして、醤油や酒に漬け込みながら蒸し煮する。これが東坡肉・・・。

おっと! いつまで豚バラ煮込みの話をしてるんだって?

(つづく)