源氏物語の部屋

源氏物語は恋の物語のみならず 巨大なイメージの世界

一千年まえの京都の姿が
突然目の前にあらわれる不思議な芸術です

↑ 個展会場にある須磨明石図です

イメージとは 文を読んでビジュアルを想像することだけではありません
イメージとは 作品を通じて心の裏側を共有することなのです

そんな意味でも源氏物語は書かれていない行間に
イメージが存在する類いまれな芸術

さあ、心の裏側のトンネルをくぐりぬけて、
平安時代 貴族の世界を散歩してみましょう!


須磨明石図

光源氏は朧月夜の君(おぼろづきよのきみ)の誘惑に
まんまとハマり うっかり手を出してしまいましたから さあ大変

男好きの朧月夜の君は 天子さま朱雀院のお方
タダですむわけはありません 

 源氏の君はほとぼりをさますため
当時は鳥もかよわぬ須磨と明石の地にみずから流滴(るたく)いたします

源氏物語 最初のヤマ場です
しかし光源氏が須磨明石に去ったのち
朝廷にはさまざまな良くないことが起こり
ほどなく呼び戻されることになるのです
 左が光源氏 海に浮かんでいるのは源氏の亡き父 桐壺帝
桐壺帝が源氏に向かって「京に帰れ」と夢枕にあらわれる場面です
 


 夕顔絵巻図(其一~其八)

  源氏物語の冒頭部分 夕顔の物語を絵巻風に描きました

実際には 顔料の塗りが厚くて巻けないため
「絵巻」ではなく「絵巻風」になっています

 其の一 其の二

 
 絵巻なので 物語は右からはじまります
この部分は「夕顔」の巻ではなく「空蝉」の話です
光源氏はまだ十七歳でした

其の一は「女の品定め」の場面
貴族の男たちが、いかなる女が良いか……
中流の女の魅力などを語る話です
それを書いたのが二十代くらいの女性というところが さすが紫式部
当たり前ですが 只者ではありません

其の二は空蝉に逃げられる光源氏です。

 

 

其の三 其の四
 
其の三は源氏がひそかに通う
六条御息所(ろくじょうみやすんどころ)のもとへ行く途中
奇妙な家を見かけ
「女の品定め」における中流の女を思い出す場面です
手元にないため「其の三」の絵は後日展示いたします

其四は覆面に顔を隠し 夕顔と契る光源氏 

 

其の五 其の六

 

其の五 其の六は六条御息所の生き霊があらわれ
夕顔をたちまちとり殺す場面です

原文には生き霊か魔物か 正体は明記されていませんが
一般的には六条御息所だろうと言われています

其の七 其の八
 

其七は夕顔の葬儀

 其八は落馬する源氏です

光源氏らしからぬシーンのように思えますが
この人は女に逃げられたり ハメられたりと
意外に間抜けな一面があるようですね

 光源氏に心惹かれる女性は それもまたいとおしく思うのかもしれません

 

 

宇治の恋

源氏物語の三分の一は 光源氏が薨去した後の話
舞台は京都から宇治に移り
「宇治十帖」と呼ばれて名高い物語です

 吹きすさぶ風と宇治川の激しい水音が 全編を通じて流れており、
不思議な透明感のある世界を展開しています

この絵は入水しようとする浮舟と薫大将が
いれちがいになるしまうシーンです

ちなみに前方にあるアジサイは西洋種で
この時代にはなかったものです
ここに絵画のウソをお断りしておきましょう

かげろう
蜻蛉

 これは入水した浮舟が
横川の僧都(よかわのそうず)に助けられるシーンです

正確にいうと その場面は次の巻「手習」になるのですが
絵のイメージからタイトルは「蜻蛉」としました

横川の僧都は地獄の描写が楽しい「往生要集」で知られる
源信がモデルと言われています

柏木の恋 
源氏物語の白眉であり、最大の悲劇である「若菜」の一場面です。

  むかし恋文 今メール

極端に男女のいた場所が区切られていた時代
わずかなきっかけで人はすぐ恋に墜ちていきました

そして禁じられた恋であればあるほど、
燃え上がるのは今もむかしも同じこと……

この絵は光源氏の正妻・女三の宮の姿を垣間見た
若い柏木が たちまち恋におちる場面です

猫が御簾を開けた瞬間の姿を見て
恋に堕ちたというのですから その動態視力もたいしたもの

柏木は光源氏の親友・頭中将の息子ですが
あろうことか女三の宮とちぎりを結んでしまいます

  それを知った源氏は柏木を恐ろしい視線でひと睨み

気の小さい柏木は それがきっかけに病となり
やがて 泡の消えるように若い命を散らしてしまいます
 

一方、女三の宮は身ごもり 源氏の子供と偽って
柏木の子 のちの薫大将を生みます

光源氏の苦しみたるや 想像もできないものだったことでしょう

  古くからさまざまな絵師が
好んでとりあげてきた画題でもあります

すえつむはな
末摘花

 末摘花とは紅花のことです

栄養がわるく 痩せて胴長
鼻の頭が真っ赤な醜女 末摘花は
見かけがわるばかりでなく 気がきかない不粋な女です

 図は末摘花をマネて 光源氏が鼻のアタマに紅をぬって
まだ幼い紫の上に見せて笑いものにする場面です

すさまじきものは宮仕えなどと申しますが
人権であるとか いじめであるとかの概念が
まだなかった時代の話ですからねえ

 とはいえ なかなか平安貴族ってえのは
えぐい人たちではあったようです

 

よもぎふ
蓬生
 
この図は源氏が再び末詰花を訪ねる場面
傘をさしているのが光源氏で、右は家来の惟光(これみつ)です

あいかわらず末詰花はひどい暮らしをしていますねえ
ちなみに作家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんは その名の通り
「帚木」と「蓬生」という源氏物語の巻名からペンネームを取ってます

どちらもこうした地味な巻から名前をもらったというところに
作家としてのスタンスが伺えます
 


 雲隠

源氏物語には光源氏が薨去したことをしめす
「雲隠」という巻名だけで 本文のない巻があるという伝説があります

これはそのことを立体作品で表現したものです

紫の台の上に乗っているのは
実はカンクンで拾って来たシャコ貝の断片であります



 まきばしら
真木柱

 
真木柱は無骨ものの鬚黒の大将と
玉鬘(たまかずら)の間に生まれた女の子

この二人の家庭内のいざこざを描いた巻で
源氏物語全体の本筋にはあまり関係ない部分です

やどりぎ
宿木
 この絵も宇治十帖の「宿木」によるもの
構図は「源氏物語絵巻図」からいただいたものです


 みのり
御法

  源氏物語の中で 源氏にもっとも寵愛された女性は
紫の上(むらさきのうえ) といわれていますが
実際には源氏をとりまく女性の中で 彼女がいちばん不幸でした

紫の上は才色兼備な上
男にはとことんつくすタイプなので
男性の読者にたいへん人気があります

でも 源氏物語ではそんな女性が
いちばんふしあわせに描かれています

もちろん源氏は紫の上を寵愛しましたが
それは彼が昔、愛していた藤壷の君・・・

光源氏の母 桐壺の更衣と瓜二つといわれた
藤壷の君と紫の上がそっくりだったからなのです

血縁でしたから不思議はありませんが
かわいそうな紫の上

それでも 源氏は彼女を深く愛しており
紫の上に先立たれると その後はぬけがらになってしまいます

実は源氏物語の主要な登場人物は みんな不幸なのですね

 


 閑話休題

元からあまり見かけない二千円札ですが
少し前に女子高生の間では「恋愛がかなわない」といって
財布に入れなかったそうです

なんでも それは紫の上が
いつまでたっても「光源氏のNo.2」だからなんだそうです
 

でも ちなみに二千円札にプリントされているは
光源氏も紫の上も世を去ったあとの
宇治十帖「鈴虫」の巻

女子高生にとっては そんなの何だっていいんだよね

 まあ 瀬戸内源氏のおかげで
「源氏物語」は再度 世に浸透しております

そんなに わるい話でもありません

 

 

みおつくし
澪標
 物語の順番で言うと
「須磨明石図」のつづきになります

源氏が追われたあと 京都の宮中では
天皇が眼病に煩わされたり 天変地異が起こったりと
異変が次々と起こります


これは源氏を追いやった祟りだと考えた宮中は
光源氏を晴れて京都に呼び戻すことにしました

その華々しい行進の場面です
 

 

 

こちょう
胡蝶
 平安貴族の舟遊びのシーンです

貴族というのは ある意味で遊びのプロフェッショナルです
「梅枝(うめがえ)」の聞香(もんこう)などでもそうですが
それは磨き上げた感覚を競いあうゲームと言えましょう

このような貴族のお遊びの話に魅力があるのは
アートの本質が遊びを真剣にすることにあるからでしょう

こう言うと怒る人もいますが
政治やイデオロギ-主体のアートは
意外に浅薄でつまらなかったりしますからね

(自分がいちばん怒ったりして)

でも源氏物語の中で本当にすばらしいのは
悲劇に突入する「若菜」以降の巻なのです

 

 


むらさきしきぶいしやまでらかんげつず
紫式部石山寺観月図

 

やたら長い絵になっているのは
この画題が昔からよく掛け軸として描かれているからです

近江の石山寺で 紫式部が源氏物語のインスピレーションを受けた・・・
という伝説からがあり
「紫式部石山寺観月図」という画題で
さまざまな絵師が作品を残してきました
 

 

ふじのうらば
藤裏葉 
源氏物語の中でももっとも華やかな場面です
光源氏は天皇に次ぐ准太上天皇にのぼりつめ
親友の頭中将(とうのちゅうじょう)とも和解します

第一部の大団円

この後 光源氏は下り坂

源氏物語の最大の悲劇&見せ場
「若菜」の巻に突入します。

 

 

はなちるさと花散里

 源氏が須磨に流滴される前 心穏やかな女性 花散里と出会う場面

大きな章と章の間に入る静かなエピソードです
 

 

桃のずわえ

この絵は「源氏物語」ではなく
「枕草子」の桃のずわえ(枝)から画題を得ています

平安時代にはポロによく似た遊びがあったそうですが
解説によると「吐蕃
(チベット)に由来」とありました
間違いない!
千年前に伝わったポロの原型です!
 

雪山の賭
これも「枕草子」が原型
私にしては珍しく描きこみを止め
適当なところで筆を置きました
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