堪能ルーヴル

堪能ルーヴル

まどか出版 1,600円(税別)

本文紹介

はじめはモナ・リザから
さあ、みなさん!
何はともあれ、モナ・リザ(ジョコンダ)を見ずしてルーブル美術館は語れません。モナ・リザを所有する栄誉が、ルーブルを世界一の美術館と言わしめる由縁だと言っても過言ではないでしょう。

まず最初に、この世界一有名な芸術作品を見に行くことにいたしましょう。あらら、午前9時の開館と同時に入ったというのに、もう大変な人だかりですな。

まあまあ、どこの国の人だかわかりませんが、フラッシュをバチャバチャ焚いてマナーのわるいことわるいこと!
日本人のみなさんは、どうか真似しないでくださいね。

ほら、見てください。やはり本物は違うでしょう?
近くで見ると意外に大きくって(77×53cm)、バックの風景は画集より青みがだいぶ強いですよね。

え? モナ・リザばかり、何でそんな有名なんだって?

この絵のどんなところが、そんなに素晴らしいのか説明してくれですって?
ふうむ。素朴な疑問なんでしょうけれど、実に難しいことを聞きますね。

たしかにモナ・リザほど謎に包まれていて、エピソードの多い絵はありません。

モデルはマントヴァ侯妃イザベラ・デステだとか、フィレンツェの名士フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リサだとか、諸説紛々ですが、その実際は誰もわかりません。

またモナ・リザについて調べていくと、資料によってそのエピソードに相当な食い違いがあることがわかります。
たとえば、もともとこの絵は左右約7cmづつ大きかったそうです。(ラファエロの模写したスケッチからの推測)。

それが、ある資料ではレオナルド自身が切り取ったと記してあり、別の記述ではナポレオンが自分の寝室に掛けるために削ってしまったと書いてあります。モナ・リザがなぜフランスのルーブル美術館にあるのかも謎に包まれています。

たしかにレオナルドはフランソワ1世の招きでフランスのアンボワーズに赴き、その地で没しています。

レオナルドは終生モナ・リザを手放さなかったといいますから、死の床の傍らにもこの絵があったのでしょう。しかし、 レオナルドの死後、モナ・リザの足取りを知るものは誰もいないのです。

レオナルドは聖母の細胞まで描いた?

この辺で、廊下を戻ってレオナルドの他の作品を見ておきましょう。移り気の天才は完成させた作品がきわめて少なく、現存しているものは、両手で数えられるくらいのもの。

でも、ここルーブル美術館は何とモナ・リザを含めて5点もの作品を収蔵しているのです。特に「岩窟の聖母」「聖アンナと聖母子と小羊」は異様なほどの密度ですね。

葉っぱ1枚1枚、髪の毛 1本1本の間がミクロンの単位でトーンが変化していくのがわかるでしょう? それは、さながら彼女たちや草木を構成している何十兆という細胞ひとつひとつを描こうとしているようです。

絵の中には必ずといって良いほど、画家のメッセージが込められています。

小説で「行間を読む」という行為があるように、絵を見る時でも、そこに描かれていないものを感じることは大切なことです。

「岩窟の聖母」をよく眺めてください。優美な聖母子作品の中にダークサイドがあり、怪物が潜んでいるのが感じられますでしょうか?

そう、レオナルド・ダ・ヴィンチも心に怪物を飼っていて、それが時々ギョロリと目をむきます。一度でも死体解剖に立ち会った人間ならば、その異臭の凄まじさに驚くはず。

そして、人間の内臓は素人が見ただけでは、どれが肝臓でどれが横隔膜なのか区別は難しいものです。自らを「経験の弟子」と語り、生涯30体以上もの死体をサバいたレオナルドだからこそ、あのように精緻きわまりない人体解剖のデッサンを生み出せたのでしょう。

それはもちろん、学究的な意味もあったのでしょうが、内臓を見るのが好きだったこともあるようです。また、レオナルドの家では異臭のする虫や蛇が飼われていたとか、弟子の前で部屋いっぱいに羊の腸を膨らませるパフォーマンスを見せたとか……ちょっとブキミな一面も持っていたようです。

彼は24歳の時に、当時禁止されていたホモセクシャルの容疑で2度も告訴されています。証拠不十分で、すぐに放免されていますが、彼は町でブ男をみかけるとしばしば後をつけまわしていたといいますから、きっと変わった趣味だったんでしょうね。

まあ、美少年も好きだったらしくサライ(アラビア語で悪魔)と呼んだパンク少年をペットにしていたというから、けっこう守備範囲は広かったのかもね。

(つづく)

あの「フランダースの犬」のルーベンス!

 

では、みなさま……こちらの部屋、「ギャラリー・メディシス」にお入りください。このルーブル美術館の白眉ともいえるのが、この部屋に展示されているルーベンスの「マリー・ド・メディシスの生涯」の連作24点です。

「ほら…見てごらん、パトラッシュ。あんなに見たかったルーベンスの絵だよ」

日本でルーベンスといえば、アニメ 『フランダースの犬』のラストシーン、クリスマスの夜にネロと愛犬パトラッシュが最後に見る祭壇画として、みなさんご存じではないでしょうか。
(ちなみにフランダースというのは、現在のフランス北端部からベルギー西部にかけての地方の英語読みで、フランス語ではフランドル、オランダ語ではフランデレンと呼びます)。

そんなルーベンスも美術全集には必ず名を連ねる巨匠ですが、日本人で「ルーベンスに心酔している」という人は意外に少ないかもしれません。

私はルーベンスという人が、日本人の感覚と遠いところにいる画家であると同時に、西洋絵画を読み解く鍵はルーベンスにあるとも思っています。

この24点の大作に描かれている裸体を見てください。
17世紀の時代にこの豊満そのもののボディ!

短絡的な言い方ですが、これはやはり肉を主食にした人種でないと描けない絵ですね。この24点をルーベンスはたったの4年で仕上げています。

しかも外交官を兼業していた激務の間にです。もちろん、弟子に分業させて描いたということはありますが、それにしてもスゴイ!


金持ちケンカせず?

ルーベンスは幸福と名声に彩られた生涯を送りながら、残した作品が後世にも評価されているという稀有の画家です。温厚な人格者で、商才にも長けて莫大な富を築いたこの画家には、こんなエピソードがあります。

ロンドンの錬金術師ブレンデルなる人物が、ルーベンスの富を狙ってやってきた時のこと。

彼は自分の錬金術がいかに効果があるかを、こと細かに説明し、もしルーベンスがそれに必要な設備の研究所と道具を揃えてくれたら、全利益の半額で自分の秘術のすべてを提供しようと持ちかけました。

このペテン師の言うことを辛抱強く聞いていたルーベンスは、やがて男の話がひと区切りついたところで、こう言ったとか。

「あなたの好意に何とお礼を申し上げてよいか、言葉も見当たりません。しかし、あなたの訪問は20年ほど遅かったようです。私はその間に絵筆の力で、その賢者の石とやらを見つけてしまったのですから」

それにしても、お金持ちの余裕もあるのでしょうが、これはなかなかのバランス感覚! なるほど、こういう人なら 人生そうそう、つまずかないかもしれません。