イングランドvsアルゼンチン戦、大逆転にびっくり!〜松濤美術館で開催中『没後50年 髙野野十郎 展』に行ってきました!(其の二)

今朝は早起きして、イングランドvsアルゼンチン戦。
後半7分の大逆転にびっくりの朝でした。

昨日のスペインvsフランス戦といい、ベスト4ともなると試合内容の格の違いを感じますね〜。

さて、そんなサッカー素人の意見は置いておいて、髙野野十郎 展、続きです。

前回、静物画、風景画、人物画のジャンル別で、絵の傾向がまったく違うことを申し上げました。

スペインの静物画やボデゴン(朝食画)では、すべての物に精霊が宿るといった考え方がありますが、野十郎翁の静物画はまさにそれ。

まるでパイプ自身が「エヘン」っと言いながら、煙を燻らせているようです。

また、桃とすももが会話をしているようなユーモラスな側面がありますね。

それに比べて、この人の風景画は少々違う。静物画は桃やパイプなど、モノ一つ一つに精霊が宿っているのに対して、風景画は宿っているものが少し違います。

▼ヒルマ・アフ・クリントにも見出せる、神秘的な光。

それは単なる風景というより、絵の向こう側に何か意思を持った別のものが存在してる…とでも言いましょうか。

野十郎翁は仏教に深く帰依していたそうで、全作品を通じてそんな考えが流れています。

驚いたのが、この人の経歴。以下、公式ページからのコピペです。

髙島野十郎(たかしま・やじゅうろう/1890(明治23)年~1975(昭和50)年)

1890(明治23)年、福岡県御井郡合川村(現・久留米市)の裕福な酒造家であった髙嶋家の五男に生まれる。本名は彌壽(やじゅ)。福岡県立中学明善校(現・明善高等学校)に学んだ頃から絵に目覚め、長兄の宇朗(詩人)の友人であった青木繁を知る。そのため、旧制第八高等学校(現・名古屋大学)を経て東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業するものの、画家の道を選んだ。以後も独身を貫き、独学で絵を学んで美術団体にも属さないことで、流行や時代の趨勢に流されることがなかった彼の画業は、自らの理想とする絵画を生み出す行為そのものであった。