さて、例によってブログ更新が遅れてますが、まずはスペイン美術館レポートからいたしましょう。
40年ぶりのスペインは、ほぼ初めて行ったような感想で、それはマドリードのプラド美術館も同じでしたが、あのベラスケスの『ラス・メニーナス』を初めて見た時の衝撃はよく覚えていました。
さて、今回のプラドではどんな感じになるか楽しみにしていたのですが、さらにベラスケスのレベル違いの偉大さを体感し、涙を流すほど感激した次第です。
最高傑作とされる『ラス・メニーナス』は言うに及ばずですが、今回、特に印象的だったのが、一室まるまる設けられていた『道化の部屋』でした。
今で言うと『発達障害の部屋』とでも言うべきでしょうか。
▲道化師ファン・カラバーサス
こちらの道化は視力が良くないのか…あるいは知的障害を持った人なのか。
ベラスケスはその心の中に入りこんで描いています。
実物を見ると驚いたことは、小人エル・プリモは実に誇り高き人物であることがわかります。おそらくそれはは宮中に使える彼の誇りなのでしょう。
その誇りをベラスケスはあますことなく、絵の中に封じ込めています。
実際にエル・プリーモ(本名ディエゴ・デ・アセード)は王宮印璽所の官吏だったそうで、自ら馬車を持ち召使を抱えた人物だったそうです。彼が手にした書物はそれを物語っています。
▼こちらは、彼らと対照的な地位にいた『教皇イノケンティウス10世の肖像』

こちらはプラド収蔵でなく、ローマのドーリア・ファンフィーリ美術館に収蔵されている作品ですが、ベラスケスの目は発達障害の人も、ローマ教皇も同等に、その人格の中に入り込んで描いてることがわかります。
権力の頂点に上り詰めた人が持つ、猜疑心の強い目はまさにベラスケスならでは。
教皇はこの絵を見て「真に迫りすぎている」と言ったそうですが、きっと心の中を読まれたようでドキッとしたのでしょうね。
あらゆる人を同等に見て描いたベラスケスですが、ただ一人例外がいました。
それは…。
そう。
ベラスケスが仕えた君主、国王フェリペ4世です。
国王はまだ若かったベラスケスを首席宮廷画家として引き上げた人物ですね。
そして首席宮廷画家とは、ポーズを取る王を前にして直接書くことを許された唯一の画家です(ベラスケスが三人ほどいた先輩宮廷画家をゴボウ抜きで出世したそうです)。
実物を見て驚いたことは、特に右目の横に傷のような筆跡でシワが表現されているのが、それを物語っています。
この肖像を見てわかることは、フィリペ4世の身体が何かの理由でわるくなっていった様子が散見されます。
あらゆる人物の心の中に入りこんで描いたベラスケスですが、国王に対してだけはそれしなかったようです。
ベラスケスが国王に対して「おいたわしい」という気持ちを感じていたか、今となっては確かめようがありませんが、少なくとも私にはそのように感じられました。
周知のようにハプスブルク家は血縁同士の婚姻によって、遺伝世の疾患を抱える人が多く、国王フェリペ4世もある程度そうだったと思われます。
彼の世継ぎ、バルタサール・カルロスもマルガリータも早逝し、子孫が残ることはありませんでした。
そんなベラスケスは宮廷配室長という画業以外の激務によって、今で言う過労死をしたようです。享年61歳でした。





