昨年、映画『モンテ・クリスト伯』を見てから、半世紀ぶりに原作を読み返したり、BS12のドラマを楽しみに見たりしています。明日の日曜はたしか、最終回で楽しみです。
で、獄中のファリア司祭がエドモン・ダンテスに伝える原作の興味深いセリフ。
司祭は持っている知識のすべてをダンテスに伝えようとするのですが…

「ああ、人間の学問などは、とても限られたものなのだ。あなたに、数学、物理学からわしに話せる三つ四つの現代語を教えてあげたら、わしの知っていることはそれで全部、わしの頭からあなたの頭にそれをうつすのは、二年もあったらじゅうぶんだろう。」
「二年!」とダンテスは言った。「二年ですっかりおぼえられるとお思いですか?」
「応用だったらむずかしかろうが、原則だけならじゅうぶんだ。学ぶことは知ることとはべつだ。世の中には物識りと学者のふた色があってな。物識りをつくるのは記憶であり、学者がつくるのは哲学なのだ。」
「では、その哲学が習えましょうか?」
「哲学は習えぬ。哲学とは学問の用を知っている天才のみにゆるされるあらゆる学問の総和なのだ。哲学とは輝きわたる雲だ。キリストが天に昇ったのも、つまりこの雲に足をかけたからのことなのだ。」

「で、」とダンテスは言った。「初めになにを教えてくださいます? 早くはじめたいと思いますが、わたしは学問に飢えています。」
「なにからなにまで教えてあげよう!」と、司祭は言った。
(アレクサンドル・デュマ作 山内義雄訳 岩波書店)
さすがはアレクサンドル・デュマ。知識と考えることを見事に表現していますね。
まあ、単に考えることと『哲学』は違いますが、その意味を分けて表現するのは、私の手に余るので、この話はこれまでということで。


