プラド美術館のベラスケス〜発達障害の道化師たちと国王フィリペ4世
一昨日からの続きです。
バルセロナでは旧市街にあるピカソ美術館にも行ってきました。そこで思ったことを記事にしてみましょう。
▼こちらはピカソ16歳の作品『科学と慈愛』。母の死の床を描いたものです。

ピカソは早熟すぎて、「ラファエロのように描くには4年かかったが、子どものように描くには一生かかった」と言った天才ですが、この絵がそれを証明しています。
しかし、この絵を見て感じたことがひとつ。
「ピカソが何を考え、感じていたのか、まったく読むことができない」ということです。いや…この絵だけでなく、ほかのどの作品は見ても、それは同じでした。
(そもそも16歳で母親の死を描くってこと自体が、色々な意味でスゴイですよね)。
大傑作「ゲルニカ」でも、それは同じでした。
これがベラスケスであれば、王に対する尊敬や慈愛の気持ちなど、描いたその時の感情が伝わってくるのですが、ピカソの絵にはそういった感情が読み取れないのです。
もしかしたらピカソは今で言う、サイコパスの一種だったのでしょうか?
たしかに彼は愛人同士を競わせてケンカさせたり、親友を自殺に追いやった女性と関係を持ったりと、サイコパスだと思われても仕方ないエピソードにこと欠きません。
▼こちらはピカソが関係を持った女性たちの肖像(写真が下手ですみません)。


どうでしょう?
女性に対する愛情が伝わってこないと感じるのは、私だけでしょうか?
ところが、ピカソの感情があらわに現れた絵もありました。それがこちら。
▼ベラスケスのフィリペ4世の肖像を模した作品。こちらも15歳頃の絵ですね。
ピカソがベラスケスを目の当たりにして、驚嘆し、さらに嫉妬し、いつか追い越してやろうという感情が、ひしひしと伝わってきます(ま、私の勝手な感想ですが)。
そういう意味では、ピカソがサイコパスだったというのは違うのかもしれません(そもそも、私自身はサイコパスという存在があるか、疑問に思ってる方ですが)。
ベラスケスが到達した最高地点「ラス・メニーナス」を、ピカソが描いたものがこちら。

有名な「ラス・メニーナスのバリエーション」
なんと合計58点、同じ1957年に描いています。
これはベラスケスの最高傑作ラス・メニーナスに執着し、破壊しようと試みた連作と感じました。









