高見盛”関”か、高見盛”さん”か?

上は幕内時代の高見盛関、入り待ちの写真を以前撮影したものです。
メディアの露出は横綱の全勝優勝より大きく、その人気の高さが伺えるものですね。

この人、入り待ちはいつもトボトボと歩いていて、仕切りの時に気合いを入れて変身するのですが、それがまったくウケ狙いじゃないところが人気なんでしょう。

で、昨日の昼間はTBSの「ひるおび」に出演してるというのを、ツイッター情報で発見。普段はまず見ない番組ですが、イヤな予感がしながらもテレビをつけてみましたが・・・うーん。

山中教授がノーベル賞を受賞した時に、ここの局系の新聞記者が「メダル、かじってもらえますか」と言ったのは有名な話ですが、メディアというのは、業績をあげた人に対して、その人の能力以外のものを要求する傾向があります。

この日、「ひるおび」出演者の対応やコメント、山中教授の「メダルかじってくれ」レベルに失礼だったなあ。
おすもう観戦の翌日の食事です。 

まずは関取に向かって「高見盛さん」と呼ぶのは如何なものでしょう。
「〜さん」って言うのは、幕下以下の若い衆に使う呼び方です。

ご丁寧に「引退したから『さん』で良いですよね」と聞いたあとのに、そう呼んでいるのですから念が入った話です。高見盛関がダメだって言うわけないでしょ。

引退したから「高見盛関」と呼ばないなら、代わりに「親方」と呼ぶべきでしょう。

司会者が「稽古」と言わず、「練習」「練習」と連呼していたのも、気になるところ。おすもうなんて、どーでも良いのね。

これはほかのテレビ局でもそうなのですが、山中教授も「山中さん」。安倍総理も「安倍さん」。

間違った使い方ではありませんが、ノーベル賞を受賞した人や、一国の総理大臣に自分たちと同格の「さん」づけというのは、何となく失礼・・・というか、その人をおとしめる意図でもあるんじゃないかと勘ぐりたくもなります。

 

大学教授もテレビはみな「さん」で呼びますが、ずいぶん前からわたしはこれに違和感を感じています。

誤解をおそれず申し上げると、「先生と呼ぶな」「先生と呼ばれるほどのバカでなし」というのは左翼系の人に多い言い方です。

石を投げれば「先生」に当たるというのも如何なものですが、それなりの業績や能力、地位のある人に対しては、尊敬を持って接するべきです。

別に権威主義でも何でもなく(『権威主義』も左の人が好きな言葉)、自分と同格の「さん」ではおかしいです。

その後、この番組ではありませんが、同局の番組で高見盛関のご両親に「息子さんの人気を分析してください」と聞いたそうですが、くだらなすぎる質問にどう答えて良いかわからなかったようです。

アインシュタインが「アカンベー」してる写真は、一発芸的な面白さがありますが、メディアは「親しみやすさ」と「貶める」のをしなしば一緒くたにしています。

枝葉末節な話ですが、ちょっとそんなことを感じた次第です。

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