「それでも私はピアノを弾く〜天才ピアニスト・ブーニン 9年の空白を越えて」〜しかしながら芸術は必ずしも自由なものではありません。

昨日オンエアされていた「それでも私はピアノを弾く〜天才ピアニスト・ブーニン 9年の空白を越えて」を視聴しました。衝撃でした。

1985年、ブーニンがショパン・コンクールで優勝した時は、「いや〜、すごい天才があらわれた」とみな驚いたものです。ちょうど反田恭平さんが2位になった時以上の感じだったでしょうか。
その後、何度も日本を訪れ、当時はまるでアイドルのような人気でしたが、あれから数10年経った今…そういえばブーニンのことを聞かなくなったなと思っていたところ、昨日のオンエアでした。

ブーニンさんが日本びいきで妻が日本人なこと、日本で暮らしているらしいとは聞いていましたが、まさか左足、左手が不自由になっていたとは驚きです。

左手はピアニストに多い、酷使による障害(病名は忘れました)。
左足は自宅内で転倒による骨折。持病の糖尿から壊疽が起こり、切断の一歩手前になり、骨折部分だけ切除するという大手術だったようです。

番組は9年の空白を乗り越えたブーニンさんと妻・栄子さんの姿をとらえたものですが、若い頃の演奏と、経験を積んで生まれた音が同時に感じられて印象的でした。
障害が残るためショパンコンクールの時のテクニックには及ばぬものの、音の美しさはより磨かれた感じで、実際に生演奏を聴いてみたいと思いました。
でも、チケット入手は困難だろうな。

別のことで驚いたのが、ソビエト時代のブーニンです。
共産主義下の例に漏れず、監視がすごかったみたいね。

それだけに最初に銀座を訪れた時、「自由」というものを体で感じてびっくりしたようです。共産主義下で優遇されたアーチストは、皆ソビエト共産党に阿る人ばかりだったそうで、ブーニンはそういうタイプじゃなかったし、有名人だったからなおさら監視の目が光ったのでしょう。

当時の西ドイツに、母親と一緒に亡命した脱出劇は映画さながらでびっくりでした。

余談ながら、多くの人は芸術が「自由で平等」なものだと思っているようですが、同じ人間の世界ですから「別にそんなことはない」というのが私の持論です。
ましてや共産主義下の世界ではなおさらですね。
ただ、自由な考えを持てた方が、モノづくりは良い仕事ができる。ただそれだけの話だと思います。芸術は必ずしも自由なものではありません。

ソビエト社会主義の下で生まれ育ったブーニンさんだからこそ、自由がタダではないことを知っていたわけですが…体の自由が奪わられた現在、それを何とか取り戻そうとする姿には心打たれるものを感じました。

奥様の栄子さんとの二人三脚の姿も素敵でした。人生は美しい。

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