日本でキリスト教人口が増えないわけ

昨日の記事、お頭さんからこんなコメントがありました。

占領されなかった因子の一つは、
宣教師が平民、百姓に説教しても、勿論通訳を介してでしょうが、
百姓にディベートで負けたから、ということが少なくなかったらしいですね。

そうそう。これは有名な話ですね。
フランシスコ・ザビエルだったか、定かでありませんでしたが、ディベートというよりはこんな会話だったそうです。

「神は全能です。すべてをお作りになった完璧な存在です」

「それじゃ、その完璧な神様が何で悪魔を作ったり、完璧でないオラたちをお作りになっただんべ」

この質問にザビエルは答えられなかったというのですが、ここが一神教の最大の弱みでしょうね。
一元論で説明できない世の事象は、一神教では説明できないのです。

昨日の新横浜、芳香園のつづき。「そんなものまで撮るの?」と言われた何の変哲もない餃子です。

説明できなくても、高山右近じゃないけど信仰は捨てられない。するとどうなるかといえば、ごく一部の原理主義者は独善的になるわけです。

矛盾していることを説明できなくても、相手が屈服すれば良いわけです。

日本人は正月に神社に初詣に行き、お盆には帰省し、クリスマスを祝い、ハロウィンで騒ぐ。それを矛盾しているとか、節操がないと言いますが、これは多神教で「神さまはいくら多くても良い」という考え方によるもの。

むしろ、神社に行って手を合わせない人の方が頑固者で了見が狭いと、わたしなどは感じてしまいます。

ヨーロッパ列強が植民地政策を行ってきたのは、もちろんアジアやアフリカから得られる富が目的でありますが、その根底には「土着の神を集約させ、自分たちの神に帰属させる」。

多神教は一神教に昇華されるべきだという考えですね。

そこが基本的に一神教であるキリスト教人口が、黒田官兵衛の時代からほとんど変わってなかったからなのではないかと思うのです。

つづきはまた次回。

外苑前エッセンスの薬膳中華ランチです。

 

日本でキリスト教人口が増えないわけ” への4件のコメント

  1. こんにちわ。

    >矛盾していることを説明できなくても、相手が屈服すれば良いわけです。

    その手段は、暴力と金とハニトラですかね。

    赤坂は今週祭礼ですが、神様そっちのけで準備してます。
    神輿担いだ人たちと山車を牽いたみなさんに
    如何にして冷え冷えのビールを供給するか。
    罰が当たるのかなあ?????

  2. お頭さん、おはようございます!

    おお、そろそろお祭りですね。
    天気が心配なところですが、合間を見て顔をだせればと思います。

    ちなみにお頭さんは去年と同じポジション?

  3. こんにちわぁ。

    テンション少し上げてきてますが、今夜の宇崎竜童は中止かな??

    >ちなみにお頭さんは去年と同じポジション?

    今回は主催者がチト違うので、神酒所番はしておりません。
    うろうろしておりますので、御目文字は偶然に委ねるのでしょう。

  4. お頭さん、おはようございます!

    無事に済んだでしょうか。
    今日は天気良さそうですね。

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