昭和は遠くなりにけり

この絵は昭和初期を思い浮かべながら描いた作品「塔」
埴谷雄高(はにや・ゆたか)の死霊(しれい)のイメージをビジュアルにしたものですが、父に「なつかしい」と言われて嬉しかったことがあります。

先日、大学生の子と話をしたところ沢田研二も野口五郎も知りませんでした。郷ひろみはなぜか知ってましたけど(笑)。

モノも知ってる優秀な学生ですが、沢田研二も反原発で劣化しちゃったし、知らないのもまあ当然かな。

昔の初期の大きなワープロは、原稿用紙100枚くらいでキャパがいっぱいになったり(数字はウロ覚え)、すぐにフリーズしてデータが消えたりという話をしたら、若い子は珍しそうに聞いてくれますが、それで昔、父から聞いたことを思い出しました。

「オレが子ども頃はテレビもなかった。ラジオはようやく普及してきた」

そうか。

子どもの時分はそれが大昔のことのように思えたけど、今の立場で思うと、親父が生まれた昭和初期はそんなに昔のことじゃなかったんだな。

この年にして、時々そんなことを思います。

平成も早や26年。

平成生まれの幕内力士も珍しくなくなり、若いサラリーマンに「あなた平成生まれですか?」と聞く時代になってきましたが、昭和を知らないお若い人にとって、それは遠い昔に思えるかもしれませんが、それはそんなに昔の話ではいのですね。

私の幼少の頃は、丁度「ウルトラQ」のモノクロから「初代ウルトラマン」のカラーに以降する時代でした。

カラー作品には、テレビ画面の下に「カラー」と書いたテロップが出る時代で、初代ウルトラマンはカラー作品ながらモノクロで見ました。はじめて再放送でウルトラマンのカラーを見た時は、その画面のカラフルさに感激した覚えがあります。

それに反して、生まれてはじめてカラーテレビを見たのが、東京タワーに遊びに行った時。展示されてる仏壇のようなカラーテレビを見て、その色の薄さに「これがホントにカラー?」とがっかりしたのを記憶しています。

いや、昭和も歴史の一部になりつつあるんですな。まあ、三十路以下の人にとっては歴史なんですけど(笑)。

親父がよく「オレが子どもの時は、慶応生まれっていう爺さんがいたな」なんて言ってました。「そのうち明治生まれも、大正生まれもいなくなるよ」って言ってましたけど(当たり前ですが)。

時代は巡ります。

昭和は遠くなりにけり” への4件のコメント

  1. こんばんわ。

    よく昔語りを聴かせてもらうお姐さんからのお話。
    お姐さんがピチピチの頃お座敷に鎮座ましますご老人達の会話。
    「この前の戦は何とか勝って佳かったなあ。」
    お姐さん、(ん?、アメリカには負けたんだけどなあ???)
    よおく流れを聴いて居たら、日露戦争だったそうです。
    因みにお姐さんの現在は、齢、70台です。

    明治は、とっくの昔に歴史ですね。

  2. お頭さん、おはようございます!

    時間が経つというのは、そういうことですよね。
    私は若いインド人青年を家に招いた時、
    「オニーサンは戦争ご存知デスカ?」と言われてしまいました。

    私は「お兄さん」の歳じゃありませんし、そんな年齢で戦争を知ってるワケありません。

    「ナメとんか、このヤロー」と言ってあげました。

  3. >「ナメとんか、このヤロー」と言ってあげました。

    呵々大笑。

  4. お頭さん、おはようございます!

    また飯でも食いますかね(笑)

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