六本木〜アンドレアス・グルスキー展

昨日は六本木の新国立美術館で開催されている、アンドレアス・グルスキー展を見てきました。

ポスターを見ると、モダンアートの立体作品みたいですが、これは何と写真展。
被写体はあのカミオカンデです。

ニュートリノ計測のために作られた、岐阜県神岡鉱山地下1000mに存在した観測装置で、小柴教授のノーベル物理学賞受賞で有名な、あのカミオカンデです。

大きいもので横が7mくらいある写真のプリントは圧巻で、どれも何枚もの写真を合成してデジタル加工しているのが特徴です。

写真とはいえ、出来上がった画像は作家の意図に合わせて作られてるという点は、決定的瞬間は素人でも機会が与えられている報道写真のようなものとは根本的に考え方が違います。

それにしてもどこをどう加工してるのかわかりませんが、相当に凝ったデジタル加工です。

パリのモンパルナスの集合住宅を長いパノラマ作品にしたものがありましたが、やたら画家の部屋が多い。
いくらモンパルナスでもこんなにいないだろうというくらい、イーゼルとキャンバスがこれ見よがしに並んでいて、この辺りは凝った加工だなと感じさせました。

以前はやったスーパーリアリズムより、よほど絵画的なのが興味深いところです。

写真というのは複製のできるものですから、その点絵のような一点ものに比べると値段をつけにくいのですが、グルスキーはニューヨークで3億4千万円という、写真では破格の価格で落札された人だそうです。

彼の作品はデジタルデータをインキジェットでプリントアウトしたもので、基本的には、やろうと思えばいくらでも複製はできるのですが、横7mサイズのプリントアウトとなるとおいそれとはできません。

グルスキーという名前は生粋のドイツ人っぽくありません。

たぶんポーランドとかあの辺のルーツなのかもしれませんが、作品の体質はまさしくドイツ。それも東西冷戦の時の名残を感じさせます(はたして旧東ドイツ、ライプチヒ生まれ)。

写真とは思えない迫り来る物質感はまさしくドイツでした。

気になったのはバンコクの汚れた川の写真で、日本語が書かれたゴミが多かったこと。希望的に見れば日本人の捨てたゴミではなく、デジタル編集だと思いますが、ならばなぜ日本語を使ったのか?

日本を撮影した写真もいくつもあり、日本にわるい感情をを抱いてる人には思えず、むしろ逆なくらいなのですが・・・
考えてみると、拙著「インドのアチャールくん」もインド人に見せると、必ずしも良い反応をいたしません。それとちょっと似てるかも。

↓ こちら、展覧会のあとで食べたミッドタウン地下の鈴波の銀ダラ定食です。

六本木〜アンドレアス・グルスキー展” への2件のコメント

  1. >デジタル編集だと思いますが、ならばなぜ日本語を使ったのか?

    善意の警鐘でしょうかねえ???

  2. お頭さん、おはようございます!

    >善意の警鐘でしょうかねえ???

    違うと思います。
    日本語を入れたかったのだと思います。

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