昨日は映画の日ということもあって、久々の映画鑑賞。
グレート・ギャツビー、観てきました。
前半、騒々しいパーティーの場面に辟易していましたが(これ、音楽はどう聴いても1920年代のモンじゃないよね)、後半だんだん惹き込まれていき、ある個人的な事実に気づきました。
なんだ、この話・・・わし、まったく知らんかったなあ。
グレート・ギャツビーって、こういう話だったのね。
知ってるような気になっていたけど、スコット・フィッツジェラルドの原作も、ロバート・レッドフォード主演の旧作も、まったく知らなかったじゃないか。
見たような気、読んだような気になっていて、実は何も知らなかったことがよくわかりました。↑ こちらはフリーになっている公式サイトの壁紙から拝借♪
旧作では、デイジー役のミア・ファローが「嫌いな男優とキスをする方法」という本だか、意見を公開して、レッドフォード側から訴えられたとか、クレームがついたとか。衣装にいくらいくらかかっていたとか。
そんな枝葉の情報ばかり聞いてるうちに、スルーしたんでしょうね。
当時、わたしは中学生くらいでしたから、二番館の2本立て3本だてなどで、いくらでも見る機会はあったはずですが、見ないで今まで来てしまった作品のひとつだっかことに、映画を見てる間に気づいたという、実に鈍感な話でございます。
さて、話の内容はというと、男側から見た「嵐が丘」というのが弟の意見ですが、たしかに言われてみればそういう内容です。
正直言うと、「嵐が丘」は苦手な物語のひとつ。
グレート・ギャツビーを見ながら覚えた違和感が、嵐が丘のそれに似ていたため、妙に納得したのですが、19世紀の香りを色濃く残した一大メロドラマですね。
というわけで、ギャツビーの行動も境遇もわたしには理解不能ではありますが、物語は大変良くできておりまして、特に後半は一気に見せてしまいます。
合わない人間までが惹き込まれて見てしまうのですから、それは面白く作られてることは確かです。
一見の価値はありますので、興味のある方は劇場に足をお運びください。
主演のディカプリオも脇のトビー・マグワイアも好演。
ただ、ディカプリオの最高潮はやっぱり「タイタニック」だったかな。
タイタニックのジャックは、若くて才能と美貌に恵まれていながら、境遇はきわめて貧しい。
アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」でもそうでしたけど、あの時の感じというのは、余人を持って替えがたいものがありました。
ご本人も、そこからなかなか出られずにいるもどかしさを、この映画ではやや感じました。はまり役ではあるのですが。
↓ こちらは初めて入った六本木シナボン。
いつも行列が絶えなかった店ですが、この日入ったのは午後6時という夕食前の時間帯とあって空席あり。
1個280円のシナボンを食べましたが、熱々ということもあって、甘いのにびっくり。いかにもあちらの人が好みそうなハイカロリーのお菓子ですね。
書くほどのことではないでしょうが、私はこの物語大嫌いです。
とくに何かしらしたり顔で語り継がれるこの冒頭の文章。
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僕がまだ年若く、心の傷を負いやすかった頃、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」(「グレート・ギャツビー」より)
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当たり前だろ、って感じ。
R.Rのオリジナル作はリアルタイムで観てるのですが、
理解できなかった、腑に全然落ちなかった記憶が有ります。
何故なら、銀幕の中とはいえ、あまりにも現実ではなかったから。
また、いくらアメリカでも、これは現実じゃないんだろう? とも想えたから。
然し、ああした世界は在ったのだろう、と思わされたのは10数年ほど前。
代々外務事務次官という家柄の親戚にあたる人A(故人)との話からでした。
この人とは生前赤坂を飲み歩いた(アッシはあまり飲まなかったけど)。
その故人Aの外務事務次官だった従兄弟Bはまだ存命なので氏名は伏せる。
その息子B(外務事務次官)の御尊父様C(とっくに故人 外務事務次官)の曰くに、
政治家或いは官僚のトップたる者、たかが東大卒だけでは駄目だ。
最低東大卒、これにオックスフォードかハーバードを卒業しなければ使い物にならん!
C氏は両大学をご卒業だそうです!!!
太平洋戦争中、東京また全国各地が大空襲の最中、
いわゆる上流階級の人達は軽井沢で饗宴を繰り広げていた、
と、この御尊父Cは話している。
御尊父Cがその場に居たのだから、記録には無くとも、事実である。
そう、グレート・ギャツビーの世界そのものである(?)。
そうした別世界は、多分、今も有るのだろう。
そんな思い、ちっ!、という心の響きの余韻を胸に湛えたまま、
L.Dの作品を観に行ってみようと思う。
R.Rとの比較、しちゃおうっと♫
それが貧民のせめてもの抵抗である?????
ところで、ピンクスーツ、着たのかなあ?
追申
>C氏は両大学をご卒業だそうです!!!
その息子B、存命、は、東大→オックスフォード、だけ。
御尊父様はさぞや御不満だったでしょうね?????
あ@花さん、おはようございます!
ああ、そういえばあ@花さんの嫌いそうな話ですね。
幸か不幸か、私はこの映画を見るまで、今までこの話をまったくスルーして生きてきました。
私も「いい加減にせいよ」と思いながら見ていましたけど、村上春樹が原作を好きで翻訳までしてるというので腑に落ちた次第です。
わたしにとっては、今のところ積極的に嫌う話ではありませんが、何が言いたいのか「理解できない物語」です。
たぶん、旧作を見て、原作を読んだら間違いなく嫌いになるだろうな。
時間のムダになりそうなんで、足を突っ込むのはやめておきましょう。
ちなみに知り合いの女性の大推薦でこの映画、見る気になったのですが、その人はいかにもこういう話が好きそうな方です。
世の中の人はいろいろだけど、その点でも腑に落ちました。
お頭さん、おはようございます!
>理解できなかった、腑に全然落ちなかった記憶が有ります。
たぶん、わたしも見てたら見てたでわからなかったでしょうな。
あの1920年代、大恐慌の前というのは、大変な好景気だったとかで、中身を伴ったバブル(意味がわかりませんが)ともいうべき時代だったようです。
Wikipedia見たら、フィッツジェラルド・・・44歳で病没してますね。
あんまり幸せな生涯ではなかったような。
>太平洋戦争中、東京また全国各地が大空襲の最中、
>いわゆる上流階級の人達は軽井沢で饗宴を繰り広げていた
日本の上流階級がフィッツジェラルドにそのまま当てはまるか、わかりませんが、昔から「貴人恩を知らず」と言います。
国民が戦争で生活に困ってる時に軽井沢で響宴とは、正気でないか、知らないかのどちらかですね。
ただ、ギャツビーにかぶるのかな、その話。
映画とは別に詳細、伺いたし。
観~ちゃった、観~ちゃった。
ガスステーションの人妻との不倫、もうちょっと時間割いて欲しかった。
前半の狂乱大宴会、「ムーランルージュ」という映画を思い出した。
デイジーが普通な感じで、もっと我儘が好いな、って、アッシが問題児ってバレバレ?
前作のミア・ファローの公私(銀幕と現実)共に狂いっ放しには負けたな。
そうそう、看板の神の目の威力が今日は衰えている?
これって、今のリアルワールドの象徴なのかなあ。
まだあるのですが、
観客の「ラベル」の違い、時代の違いを考慮して作った?
な訳なくて、監督の人柄なんでしょう、結局映画は。
前作は最後までミステリーを持続させていたが。
それでも2作とも、原作に忠実なのかな?
メロドラマ?
お頭さん、おはようございます!
映画でも小説でも読後感というものが、
その人の評価だと思うのですが、
わたしはペケですな。
なんか縁を感じない話でありますが、
これに共感する人も・・・特にアメリカ人には多いのでしょうか。
先日、友だちになった人は村上春樹の読者で、
読んでいると自分に重なって嫌悪感も覚えるんだけど、
最後まで読んでしまうと言ってました。
わたしの場合は理解不能なんで、
嫌悪感覚えるまでいきません。
感覚の違いってあるもんなんですな〜
おはようございます。
>これに共感する人も・・・特にアメリカ人には多いのでしょうか。
おそらく、そうでしょう、っていうか、或る種目標???
ということは、この手はヨーロピアンは好きくない??
アッシの読後感、じゃない、観映後感は、
あ~、大げさメロドラマ、more or less。
前作はCGの無い時代なので堅実な派手さ(?)、
二作目はCGも駆使してスーパー弩派手!!
いずれにしてもそれで満腹、ゲップさせて、畳み掛ける。
化学調味料たっぷりの料理みたいなもんですか。
お頭さん、おはようございます!
>化学調味料たっぷりの料理みたいなもんですか。
言い得て妙ですが、意外にあちらの人は味の素に敏感です。
米国料理とでも申しましょうかねえ・・・
>米国料理とでも申しましょうかねえ・・・
御意。
お頭さん、おはようございます!
>御意。
”ぎょー言”ったらいいでしょうな・・・なんて、ウフッ♪