イスラムと民主主義

インドのアチャールくん 血の女神
全話完結しました! 

赤坂なかむら食堂は和食、フレンチ、中華のシェフがそれぞれいて、何をたのんでも美味しい。

日本人にあまり縁のなかったイスラム教ですが、今や世界人口の23%という巨大市場ということもあって、先日の日経には大手食品メーカーがこぞって、ハラル食品の売り込みに着手しだしたとの掲載がありました。

お酒が飲めない、豚肉禁止、1日5回のお祈り、唯一神アッラー以外の尊崇は認めないなど、日本人がイスラム教徒になるには、いくつものハードルが必要ですが、多神教のわが国においては、イスラム教徒の受け入れは門度が開かれているように思えます。

つまり、自分がなるのは御免だけど、人がなるのは勝手ってことですね。

大相撲協会などは、今場所、十両に上がった大砂嵐をキチンと受け入れて育ててるわけだしね〜(ちなみに場所中はラマダンだということですが・・・)

この日、わたしの一位はハムカツ。なんだ、ハムカツなんかと言うなかれ。ハムの間にスクランブルエッグが入っているという、一見外道な食事ですが、これが旨いのです!

さて、またも起ったエジプト軍のクーデターですが、イスラムと民主主義というのは、本来馴染みません。

イスラムの教えに準じて考えれば、男女平等ではありませんし、選挙よりも神の意志の方が優先されるはずですから、相性が良いとは思えません。

トルコのデモやイランの政権交代などを見ていると、そのあたりの綱引きが見え隠れするのですが、イスラム圏というのは、イスラム誕生より長い歴史を持ってる国が少なくありません。

完全にキリスト教化されているように見えるヨーロッパでも、ワーグナーのゲルマン神話や、イタリアを歩くと見られるギリシャ・ローマ神話など、昔の神々が生きていて、同じことはこうしたイスラム圏にもあるように思えます。

「片手に剣、片手にコーラン」

つまり、イスラム教に回心しないと殺すという、激烈なこの言葉は、実はキリスト教側が作ったプロパガンダだそうで、コーランにそのような文言は記されていないのだとか。

実際は相手に納得してもらった上、改宗させるのが本来のムスリムだそうで、本来は戒律が多い分、抜け道も用意されている寛容な教えだそうですが、キリスト教徒との対立によって激しくなっていったことも考えられます。

ある意味、イスラム原理主義というのは、キリスト教徒が育てたような面もあるように思えます。

逆の例になるけど、スペインは700年間イスラムの支配下にありました。
それが解き放たれた時、彼の国は熱狂的なカソリックが復活したというのです。

さて、民主主義とイスラム勢力が綱引きをしてる国々ですが、スペインと同じようなことが起るのかどうか。

イスラム教というのは、貧しい人たちがだんだん豊かになっていく段階では良い教えですが、ある程度豊かになってしまうと、それを受け入れない人も出てきます。

そんなことをふと思いました。

オリンピック、どーなるでしょうね?

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