バベルの塔に「神の怒り」はなかった?

「バベルの塔」は制作順調。
最初の意図とは大きく変わり、塔は透明なものへと変化していきました。

ミケランジェロは大理石の中にいる人間を彫り出していたといいますが(ミケランジェロを引き合いにするのも何ですが)、モノ作りというのは、作者が何を意図するのではなく、作品が何を作り手に命じるかという側面が多分にあります。

今回のバベルは、絵が命じる力が大変に強いようで、依頼された作品だからというだけでなく、わたし自身の意図がきわめて薄いものになっています。
だからって、降りてくるモノまかせというわけにはいきません。
いちおうそれなりに考えて描かないとね。

そんな意味では、クライアントのリクエスト・・・十字架はちとジャマだよな。

バベルの時代にキリストはいませんでしたし、あまり必然性を感じません。
神の怒りは雲で表現すればいいし、取ってしまおうかな。

そう考えて、今まで目を通さないで描きはじめた旧約聖書のバベルの一節を探してびっくり。

何と、旧約聖書の「創世記」には、バベルの塔が「神の怒りで破壊されたとは一言も記されていないのです。

↓ そう、こちらをお読みください。

原典のヘブライ語に何と書かれているか、わかりませんが、
「彼らはすでにこの事をし始めた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう」
とあります。

英語からの重訳かもしれませんが、生固い文章から推測すると、おそらくはこの通りのことが書いてあるのでしょう。

行間から神さまがバベルの塔を愉快に思っていないことは感じられますが、神が怒っているとは一言も書いていません。

今まで私は「バベルの塔」の物語は、人間の進歩を嫉妬する理不尽な旧約聖書の神・・と、取れると思っていたのですが、どうやらそのあたりは根底から考え直さないといけません。

でも、この短い章に記されたバベルの塔・・・有名なブリューゲルのものにしても、何でもアリの脚色をしてますね。

とりあえずは十字架を外してしまいたいと考えている次第ですが、勝手に取ってしまうか、いちおうクライアントにお伺いを立てるか。

え? クライアントの言うこと聞かないとダメだって?

そりゃ〜もっともですが、言うこと聞いて作品がこわれるようだったら本末転倒ですしねえ。

悩ましいところですが、ともあれ一旦は潰してしまおうと思っています。
ダメなら、また描けばいいんだし。

バベルの塔に「神の怒り」はなかった?” への6件のコメント

  1. 作品と、作者の心赴くままに。
    一旦消しても、復活も有り得るし、それこそ十字架の持つ力???

    なんだかワクワクして来ました、貴作品。

  2. お頭さん、おはようございます!

    >なんだかワクワクして来ました、貴作品。

    ありがとうございます!

    >作品と、作者の心赴くままに。

    いえ、作者でなく作品が呼びかけているだけです。
    作り手はただの媒体ですね。

  3. >作り手はただの媒体ですね。

    これは御謙遜というものです(マジキッパリ!)。

  4. お頭さん、おはようございます!

    >これは御謙遜というものです

    いえ。
    そのように考えた方が、良いものができるようです。
    すべては天からのさずかりもの。

    自分のものと思わない方がうまく行くようで・・・

  5. 光の粒子(光子という意味でなく)で構成されていく塔みたい。

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