「政治と宗教と野球の話はするな」とは誰が言った?

新型コロナウイルスの影響かアクセス数が増えてます(2020.04.20)
その影響もあって、このブログ内容とは大きく意見がかわりましたので
それについてはこちらをお読みいただければ幸いです 

▼現在、この記事とは少し意見が変わりました。
どう変わったかはこちらをご参照いただければ幸いです(2019.07.21)
以下、原文のママです。

タイトルの言葉と、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出てくる「議論で勝っても、その人間を打ち負かしたことにならず、むしろ逆に反感を買われる」という言葉。

実はこれ、わたしの父の教えです。
でもわたしは、この教えを少しも守っておりません。だって、親爺だってこの言葉を少しも守っていなかったもの。まあ、宗教に関して親爺はある意味ゆるやかな無神論者だったので、他人と議論することはなかったと思いますが。

「政治と宗教と野球の話はするな」

今朝方思い出したのですが、このフレーズには前につく言葉があって、それは「商売をする時は」だったと記憶しています。ま、ある意味当たり前の話ですね。

(以前UPした記事では『話』でなく、『議論』にしてありますが、こちらが一般的だと思います)。

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それが何だか意味が広がってきちゃって、どんな相手でもどんな時でも、政治と宗教はタブーみたいな感じになってきたのは、如何なものか。
まあ、宗教の話は微妙ですから、ある程度仕方ないとして、いい大人が政治の話をタブーと決めて自主規制するのも如何なものかと思います。


現在進行中のなまけ蛙くん4兄弟。こう見えて、みな音楽の天才なんですよ〜♪

それから「議論で勝っても、その人間を打ち負かしたことにならず、むしろ逆に反感を買われる」という言葉。

これ、よく親爺が言ってたことなんですが、あの人・・・・若い頃はけっこうキツい人でして、よく子供のわたしに「誰それがつまらんことを言っておるから、コテンパンに言って叩きのめしてやった。まったくもって、なっとらん」なんて言ってました。

自戒をこめて反省して言ってたのか?
(そういうキャラじゃありませんから、自分には関係ないくらいに思っていたのかもしれません)

まあ、議論で負かしても、負かされた本人の心まで変えることはできません。

でも、先日の石原知事の国会招致みたいな場合は、相手の心を変える云々はありませんからね。時にはグウの音も出ないほど、相手を叩きのめすことも大切。

ああいう言葉がスラスラ出るというのは、いつもモノを考え、さらにディベートの訓練も十分になされてないと出てきません。

繰り返すけど、ジジイ。格好良いな。
さすがの中国も「ジジイには何言ってもムダ」「言うと余計国民を鼓舞すること言いそうだ」と静観してるみたいですねえ♪

「政治と宗教と野球の話はするな」とは誰が言った?” への7件のコメント

  1. 司馬遼太郎は愛読してるものもありますが基本的に国家観とかはパスです。
    議論で勝っても~はヘタレの意見に私には思えるなあ。
    勝てないやつの負け惜しみに聞こえる。
    石原氏に強圧的と言われた我が祖父の現役時代ってどんな人だったんだろう。私は年取ってからしか知らないし。
    また来ますわ。

  2. 私はこの『野球と宗教と政治と。。。』の言葉は、結構最近知りました。以前通っていた接骨院の若いセンセーが『…って言われてるんですよ』と。画伯おっしゃるとおり、お客さんや患者さんと議論するのはちょっと避けたほうがいいネタですよね。先生と患者が同じ阪神ファンでも、カーテンの隣に巨人ファンがいたら…とか。笑

    でもそれが社会全体となると、広がりすぎだと思います。宗教の話も日々普通に会話に上がっていれば、危険なカルトが広まらずにすんだりするかもだし、政治だって議論をやめちゃうからみんな考えなくなっちゃったんじゃないかしら。
    しかし、私などどこまでがプライベートでどこまでがお仕事かって、かなり線引きが難しい。でも打ち合わせの席で野球の話はしませんけど。(相撲の話はちょくちょくする。んふー。)

  3. あ@花さん、おはようございます!

    >基本的に国家観とかはパスです。

    司馬史観とよく言われますが、わたしも彼の歴史観・・・とくに昭和初期に関しては必ずしもうんと言えないところはあります。
    「坂の上の雲」で言ってることと、昭和初期で言ってることとけっこう矛盾したりしてね。

    >議論で勝っても~はヘタレの意見に私には思えるなあ。

    ををを、あ@花さんらしい(笑)。
    さすがは石原知事に「高圧的だ」といわしめた御祖父の孫!
    (いったい、どーゆー人だったんじゃい?)

    逆の立場で考えると、完全に論破されて(間違いを指摘され)負けを認めないというのは潔くありませんね。

    議論はお相撲とちがって、本質的には勝ち負けを決めたりするものでもありませんし、はっきりわかるものでもありませんので、そういった抜け道があることはたしかですが。
    もっとも武道でも腕を折られても(殺されても)「参った」と言わない限り、負けにはならないのですが、そこまで意地を張れば立派なもので・・・。

  4. >さすがの中国も「ジジイには何言ってもムダ」「言うと余計国民を鼓舞すること言いそうだ」と静観してるみたいですねえ♪

    アメリカ人と中国人は似ていて、裏腹です。
    本格の主張をする人には一目置きます。
    そこからが本当の話し合い(≠ディベート)です。

  5. じゅん×じゅんさん、おはようございます!

    そうそう、『野球と宗教と政治と。。。』の前には「タクシーに乗ったら」とか「接骨院では」とか、前フリがかならずつくんですよね。

    >でもそれが社会全体となると、広がりすぎだと思います。

    120%御意にございます。
    典型的な思考停止状態ですね。

    宗教に関して言えば、大抵の場合は相手の考えを変えることはできないので、自分の立ち位置を言うことが肝要に思えます。
    わたしには熱心なプロテスタントの友だちがいますが、「じぶんは多神教の国である日本国民だから、あなたの神を信じますが、ブッダも八百万の神も信じます」と言っております。
    友達は釈然としない様子ではありますが、べつにそこで論争になることもありません。

    でも、なぜかサヨク系の人と話すと、ケンカになってしまうこともあるんですよね〜。

    その点、お相撲は良いですね。
    ああ、早く夏場所はじまらないかな〜♪

  6. お頭さん、おはようございます!

    入れ違いだったようで、米に気づきませんでした。
    失礼いたしました。

    >本格の主張をする人には一目置きます。

    ですね。

    昨日「2014年、中国は崩壊する」を書いた宇田川敬介氏の話を聞きましたが、彼の話ですと尖閣は中国の失敗で、本丸は台湾だとのこと。
    近日、その話を紹介いたします。

    今、読みはじめてますが、なかなか面白いです。

    さてはジジイ、勝算あっての購入か。

  7. >本格の主張をする人には一目置きます。

    言い忘れました。

    逆は相手にされないということですね。

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