今日は広島に原爆が投下されて61年。
親爺との共著の関係で、核融合について書いた本などを読んでいるが、今さらながらそのエネルギーの大きさには驚くばかり。なんせ質量×光速の二乗=エネルギーなんだから、気の遠くなるような数値である。
まさしく核は悪魔の炎であり、神の火でもあるわけだ(エネルギー利用ということになれば)。
それにしても疑問を感じるのは、こんなものを作って落としておきながら「原爆は戦争を終わらせるために必要だった」という米国のスタンスであり、「原爆を落とされたのは、わが国の誤ちから来るものだ」という、自虐的な国内のあり方にも疑問を感じる。もちろん、国として日本に禍がなかったとまでは言わないが、広島&長崎の民間人に何の過ちがあったというのだろう。
広島&長崎はあわせて約30万人もの民間人を殺害した、ホロコーストであり、民間人を殺した点で完全なテロリズムだ。
米国にそれを言ったところで聞きやしないだろうが、原爆を落とした張本人に、それをキチンと言いつづけないで(失礼、言い続けている人たちはいる。ただ、あまり報道されない)落とされた自分達が「過ちは繰り返しませんから」と言ったところで、本当の核廃絶が実現するのだろうか。
広島の平和祈年資料館を訪れて、原爆を肯定する人はまずいないだろうが、何とも思わない人間だっていないわけじゃない。原爆をドイツに落とさず日本に落としたというのも、人種的なことを含めた、そんな判断だったはずだ。
先月、ベトナムに行って思ったことだが、元々禍のなかったベトナム人に、アメリカがどれほど酷いことをしたことか。日本人同様、わりとベトナムの人も水に流す傾向があるようで、それはそれで仏教徒の良い点だと思うけど、戦勝国のアメリカが何をやったか問い続けていくことは、もっとやるべき、言うべきなんじゃないかな。
中東みたいにドロドロに恨みを持つことはないと思うけど・・・。
両極端。
な国ですよね、日本は。
実際に、身内とか知り合いに戦争体験者がいないと、常には考えないんじゃないかなと、正直言うと思います。
ガルフウォーベイビーって、ご存知ですか?
アメリカ人の友だちが、彼らの支援ボランティアをしていました。
湾岸戦争の帰還兵の子どもで、奇形で生まれてくる子どもを、ガルフウォーベイビーって呼ぶらしいです。
彼らは、原爆じゃないけど、劣化ウランとかの被害者なので、日本人並みに原爆に反応していました。
友達の中に、被爆3世の人がいるので、毎年お祈りをしますが、知り合いに被害者がいなかったら、「関係ないや」と思っていたかもしれません。
61年って、すごく最近の過去ですよね。
うう、難しい。
戦争って、紀元前からやっていますもんね。
人が解決できない永遠の問題なのかも。