「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝展」見に行きました!

「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝展」、見に行きました!……と言っても、仁和寺展を見終わったあと、同じ東京国立博物館の表慶館で開催されていたので、ついでと言っては申し訳ありませんが見に行った次第です。

もっとも、仁和寺展を見終わったのが12時半。腹が減っては戦ができぬと、博物館内に1軒しかなホテル・オークラ直営のレストランで五目そばを食べてからリトライいたしました。

さすがホテル・オークラ、こういう博物館内にあるレストランとしては及第点以上ですね。雨の降りしきる中、暖かい五目そばは有難かったです。

ただ、場内混雑で30分待ち、携帯電話の番号を入力して順番待ちを知らせるというシステムには、もう少し何とかならんかな。また、一度、博物館を出ると館内に入れないというのも考えもの。ルーヴル並みに館内の飲食店を充実させろとは要求しませんが、もう1軒くらいレストラン入れるとか、 一度出ても日付のスタンプ推せば入れるとか、やりようはあるはずです。

常設や特別展などを、まともに全部見たら1日かかる博物館だけに、お役所対応は考えものと思いました。

それはさておき、常設では比較的時間をかけずに見られる表慶館ですが、さすがはオイルマネーのサウジアラビア提供の展覧会。その充実度は大したものです。

私が学生だった時分、教科書では四大文明と言って、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河が取り上げらえていましたが、現在ではそれ以外に多くの古代文明があったことが知られています。

それにしてもメソポタミアのチグリス、ユーフラテス川近くのアラビア半島に、これだけの文明があったとは驚きだなあ!

カルヤト・アルファーウとか、リフヤーン人とか、初めて聞く地名や人種の名前が出てくるのもびっくり。イスラム教以前の遺跡は、以前に南イタリアやギリシャ、トルコの博物館で見た遺跡とそっくりなものが多々あり、アラビア半島と地中海の間に交易があったことを窺わせます。

↑ そして圧巻はこちら、イスラム教の聖地メッカにあるカァバ神殿に使われていた扉です。1936年までこの扉だったそうですが、いや、その神々しいこと!

しかしながら、仁和寺展を見たあとでカァバ神殿の扉や、古いコーランなどの展示を見ると、わが国の歴史とはまったく異なった思考回路の人たちなことを強く感じました。やはり砂漠の民と日本人では考えていることが同じはずはありませんものね。

余談ながら、メッカには「マッカ(メッカ)」。
コーランには「クルアーン(コーラン)」という但し書きが書いてあり、あちらの正しい発音に近いのは、そちらだということがわかりました。

今の日本人にマッカとかクルアーンと言っても何だかわかりませんものね。

こちら「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝展」は5月13日まで。
特別展を見たあと、余力のある方はぜひご覧くださいませ。

 

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