「狩野元信」展、行ってきました!

サントリー美術館で開催中(明日まで)の狩野元信展、行って参りました。
折しも、先日読了した「花鳥の夢」の主人公、狩野永徳の祖父に当たる人とあって、それは興味津々、いや素晴らしい展覧会でした。

元信は狩野派の開祖、正信の息子に当たり、狩野派の隆盛を切り開いた人物として知られています。元信の孫が永徳、永徳の孫が探幽と、一代おきに一族から天才が輩出されたことになりますね。

花鳥の夢で、永徳は祖父・元信をこよなく尊敬し、父・松栄の凡庸さにうんざりしていた、ということになってますが、実際にサントリーの展示や年譜を見ると、あながち小説のウソとはいえない感じです。

なにより元信の筆が非凡であること。
その後の江戸以降、北斎から若冲、蕭白、琳派の画家たちと、あらゆる日本の絵師のスタイルは、元信抜きには考えられません。

父、正信は南宋の画家・牧谿などから水墨画から、そのスタイルを学んで昇華させた人です。

中国の水墨画というのは、技術的な完成度はたいへんなものですが、スキがなさすぎてつまらないというのが、生意気ながらわたしの持論です。

正信が宋風の固いスタイルを受け継ぎながら、自由な筆さばきで描いているのを、元信はさらにそれを発展させ、時にはマンガ的とも言える筆致で人や建物、さらには木々を描いているのは興味深いところ。

そして、日本絵画の真骨頂である、たっぷりと空間をあけた表現を完成させたのは、先輩の雪舟が「明に学ぶものなし」と早々帰国してきたことを思い起こさせます。

展覧会4階の展示は、そうした風景を描いた障壁画や屏風絵が並べられており、まさに狩野派の真髄とも言える作品群だったのに対し、3階の大和絵、仏画の展示はやや趣を別にしていました。

元信から永徳の時代は、戦国から桃山にかけての動乱の世にも関わらず、狩野派はその勢力を伸ばしてきました。
言葉を換えて言うと、狩野派という絵画財閥が完成されてきたのですね。

現代ではアーチストが権力と結びつくのを良しとしない(良くはないですが)、この時代に天守閣や大寺の障壁画を描こうとして、権力と結びつかないこと自体、無理な話です。

それにしても狩野派はえげつないほど権力に取りいいって、勢力を伸ばしてきました。後年、御所の絵を長谷川等伯がその牙城に迫ったところ、手を回して退けようとしたのは、小説「等伯」や「花鳥の夢」でも生々しく描かれています。

3階に展示されている大和絵は、当時勢力が衰えてきた土佐派のテリトリーだったのですが、この時、土佐派は狩野派の下請け的存続にまで力が落ちていました。
大和絵や仏画といった、それまでは手をつけなかった分野にまで、手を広げたのですね。

これは戦乱の世に、大勢の門下を食わせていかないといけない成り行き上、当然のことなのですが、やはり仏画に関していうと、何か違和感がありました。

特に2日前、運慶展を見たばかりなこともあり、仏様の出来は一目瞭然。目を奪うような山水画とは比較にはならないものの、それはそれで一興かな。

受注の願いを書いた書簡や、応仁の乱の元を作った細川勝元の甥の肖像画があったりと、一門を背負う上での苦心がうかがえる展示が満載。

山水画や障壁画が元信の真骨頂ではありますが、別の意味で俗な大和絵や仏画も絵師として、リーダーとしての元信の顔が伺え、それは満足の展覧会でした。

明日までの開催ですが、お時間のある方はぜひ足をお運びくださいませ!

 

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