江戸東京博物館の大浮世絵展

昨日は2日連続クライアントさんのご招待で、展覧会2つ行ってきました。
両国の江戸東京博物館でやっている「大浮世絵」展と、上野の西洋美術館で開催されてる「モネ」展です。

どちらも気合いの入ったイベントで見応えありました。
たまたま浮世絵と印象派という、絵画史の中で接点の強い2者を見たわけです。

サラッと見る予定が、クライアントが美術鑑賞を好きな人だったので、朝の11時に両国に着いてから、色々話をしながら見ているうちに、上野を出たのが5時半という濃厚な鑑賞会になってしまいました。

「大浮世絵展」は文字通り、浮世絵を時代ごとに並べて展開したもの。
浮世絵の歴史を知る上でも、実に興味深い展覧会でした。

見てわかったことは、単なる役者や花魁のブロマイドだった浮世絵ですが、江戸300年という長い時代を経て洗練されていったということでした。

浮世絵初期・・・というか、原型になるのでしょうか。
洛中洛外図で名高い岩佐又兵衛の風俗画などは、制作年代を見ると1624年。
あの関ヶ原の合戦から、わずか20余年後ですから又兵衛を含めて戦乱の世を知る人たちが大勢生きていた時代です。
(と、話をしていたら、『ワシはこの300年後に生まれたんじゃよ』と、見知らぬ翁が話かけてきました。え? 今年は2014年だから90歳ですか、お元気でけっこう!)

あの見返り美人の菱川師宣は又兵衛より30年ほどあとに生まれた人でしたが、よくよく見れば、桃山時代の壮麗な絵柄の名残があるではありませんか。

不調法ながら今回の展覧会を見るまで、私は浮世絵が江戸300年の中でどんな作家がどんな時代に生きて活躍していたのかをよく知りませんでした(実は、全然詳しくない)。

鈴木春信、勝川春章、鳥居清長。
この辺りの作家は、北斎や歌麿の後発隊だと思ってましたし、絵と名前が正直あまり一致しなかったのですが、実は浮世絵の礎を築いた人たちでした。

そうした先人たちのベースを踏まえて、後発隊に当たる歌麿、北斎、広重ら(時代順)という、浮世絵の洗練された完成があったのです。

また、享保の改革、天保の改革などのあとに、絵柄がガラリと変わるのも興味深いものでした。

歌麿は洗練の極致。

日本人が自分たちの文化に気づかなかったと批判する声もありますが、グリーンランドの人がオーロラで観光誘致するのを理解できなかったように、自分たちの生活の中で当たり前にあるものは、そんなものなのですね。

まず歌麿に目をつけた海外のコレクターたちに拍手です。
所蔵先を見ると大英博物館、ベルリン国立アジア博物館、ギメ東洋美術館、シカゴ美術館など。

いや〜連中、 大変な目利きですわ。

歌麿以降の浮世絵作家を見ると、特に北斎などは、積極的に西洋絵画の技法を取り入れていたことがわかります。

↓ 以下、美術学校では予備校でも教えてる程度の話ですが、一般の方は知らない人も多いと思うのでご覧ください。

え〜、エラそうに説明できるほど上手い絵じゃなくって恐縮ですが、モノが立体的に見える西洋絵画のセオリーを図示しました。

何が言いたいかというと、上のようなことを知らないと、モノを立体的には描けないということです。
幕末近くに当たる北斎や歌麿、広重からの時代は、こういう西洋絵画のセオリーを どこからかで学んだのでしょう。

北斎に至っては、はっきり学んだという記録があります。

面白いことに平面な日本の絵画の技法を捨てることなく、一部だけちょこっと取り入れてるんですね。

印象派が日本の浮世絵から影響を受けたというのは有名な話ですが、その中のエッセンスには西洋画から学んだ技法も入っていたというのが興味深いところです。

知らないと描けないこと。

特に歌麿などは、ホンの少しだけ取り入れるところが見えかくれしているという、そのセンスの良さには脱帽でした。

モネ展については明日以降のブログ記事にUPいたします。
お楽しみに!

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