国立博物館・特別展「京都」

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水曜日のことですが、パンフレットにも書いてある「京都でも見ることのできない京都」を見てきました。
国立博物館の平成館はまさに、ここでしか出来ない展覧会を開催しますね。

この展覧会の目玉は何と言っても室町から江戸にかけて流行した「洛中洛外図」の国宝、重文の公開です。

ウィキペディアによれば洛中洛外図とは「洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)は、京都の市街(洛中)と郊外(洛外)の景観や風俗を描いた屏風絵」とのこと。
応仁の乱で京都は灰燼となったと言いますが、その後、京都への強い思いが洛中洛外図の流行のきっかけとなったそうです。

京都の東西南北を正確に配置し市街と郊外を描き分けた、いわゆるパノラマ画で、美術的な価値はもちろんですが、当時の生活や風俗を知る上でも格好の資料でもあります。

圧巻は江戸時代の絵師・岩佐又兵衛による舟木本と呼ばれる洛中洛外図。

不調法ながら、私はこの人の名を知らなかったのですが、俵屋宗達と並ぶ大和絵の祖とのこと。たぶん、絵は見かけていると思いますが、宗達の『風神雷神図屏風』のように、一目見て印象に残る絵はそんなに描いてなかったのではないかと思います。

見る人、見る人が一様に驚いているのが、縦180cmの12双屏風で、横4mはある画面の中につぶさに建物と人物が描かれていること。

絵は描き込みで人をしばしば驚かせますが、岩佐又兵衛のこの絵はブリューゲルを思わせる描き込み。そして、どこを切り取っても絵になっているところが凄いですね。

しかしながら、この日の私の一枚は室町時代に描かれた町田本と呼ばれる、最古の洛中洛外図。

見ての通り、又兵衛のものに比べたら簡素で素朴な洛中洛外図ですが、絵の中の人物に意識がないのが特徴です。

それはどういうことかというと、絵師の作為がないということですね。つまり見たまんまを描いてるということです。

絵描きが群像を描く時というのは、配置や構図に大なり小なり演出をするものですが、その大小というのは個人差があるし、また描くテーマによっても違うものですが、やはり初期のものというのは素朴なもの。

また、染色した着物というのは、当時高価な者だったので、天秤を担いでる物売りのような身分の人は、布地そのものの素色(しろいろ)の服をまとってます。

色のついた着物はある程度以上の身分の人ということでしょうね。

そんな資料的な面白さということもありますが、最近は年齢のせいか、あまり自意識や自己主張、演出があるものは、おなか一杯になってきました。
まあ、私の絵も演出過剰なところがあるのですが、 だからこそかもしれませんね。

そうそう、展覧会は明日まで。
見たい方はお見逃しなく!

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