大関伝達式と原発御用学者


昨日、ツイッターをチェックしてたら、
「口上、万里一空やて」
「あ、これからミヤネ屋だって」
というツイートが。

ああ、今テレビで大関・琴奨菊の伝達式やってるのね。

菊の伝達式はどうでもいいやと思いつつ、ついチャンネルをまわしてみると、
ご両親が伝達式で涙を流してるご様子が映ってます。
いや~、好きな力士じゃないけど、やっぱり親は嬉しいのね・・とつい共感。

そう思って見ていると、ミヤネ屋のレポーター、
しきりに琴奨菊関にガブり寄りをやってくれとせがみはじめました。

菊関はガブリ寄りは、「やろうと思っても、土俵でないとできません」
と固辞をしているのですが、
スタジオのミヤネとレポーターが一緒になって、「やってくれ、やってくれ」と囃し立てます。

そこで用意された土俵にレポーターと菊関が・・・?
おめーら、いくらなんでも大関に失礼だろが。

よくグルメ番組や職人の取材などでも、レポーターがこの道30年という陶工に、
ろくろの回し方を挑戦し、失敗して笑いをとろうとする様子がオンエアされますが、
これはそんなレベルでなく失礼な話です。

レポーターが吹っ飛ぶか粉砕されて笑いをとるオチが見え見えで、
(ふだんつまらないダジャレを飛ばす私が言うのも何ですが)
早々に切り上げて、買い物に出かけてしまいました。

「ミヤネ屋、みてたが下らんので買い物に出かけます。
 相撲なんか普段みないのね、この司会者」

と、ツイートを残して出かけて、帰ってきたら

「賭博や八百長の時は『我々ファンは』と
 さもファンの代表のような言い方をして非情に腹が立ちましたぁ。」

というツイートが。

この節操のなさがメディアですが、
大関としても断ってしまえば何を言われるかわからない。
この申し出を断るわけにもいかないのでしょう。

とはいえ、今場所は4年ぶりの日本人大関の誕生。
あまり「日本人、日本人」と囃し立てるのは、震災の時でも逃げることのなかった、
異国で奮闘する外国人力士に失礼な気もしますが、相撲界にとっては良いことではありますね。

一事が万事という言葉がありますが、
こと一部のメディアにおいては、脱原発学者が重用され、
それまで原発を推進してきた学者を「御用学者」という一言で塗りつぶしています。
なんか素直に見られない菊関の大関昇進でした。

写真はパパになった隆の山関の土俵入りです。

大関伝達式と原発御用学者” への4件のコメント

  1. ひええええ
    画伯おはようございます。
    ひええええ、見なくてよかった。
    石臼は私の好みのお相撲さんではありませんが(婉曲表現)
    それにしてもプロに対する敬意がなさすぎですね。
    これも悪しき平等じゃないの。
    本気でがぶられたら一般人は死にますよ。

    まあとらたぬなんですが
    うちの子が大関になったとき、口上が覚えられるかとか
    優勝したとき、インタビューがこなせるかとか考えるのは楽しいですね。
    それにしても、勝負の相手も出演するからと稀勢の里のバラエティ出演も辞退する鳴戸親方はどう仕切られるのでしょうか。
    大相撲人気もほしいけど、稀勢の里の魅力が一般に伝わりすぎても・・・。

    はい、とらたぬでした。
    まずは九州場所。

  2. 権威に対して敬意を払えなくなると・・・
    僕はプロレスファンですが、大相撲は神に捧げる神事であるという点を忘れてはいけないと思っています。

    神に捧げる神事を執り行う力士に対して、失礼な態度を取るのは、かなり不遜なことだと感じます。

    話しだすと長くなりそうですが、悲しいですね。

  3. マッチポンプ
    あ@花さん、おはようございます!

    いや、ホントに心底失礼な人たちですね。

    アインシュタインが舌を出した写真が人気なように
    頂点をきわめた人がお茶目な姿を披露するのはけっこうなのですが、
    なにかバラエティのそれは、無理やり何でも大衆レベルに引き下げるようで、見ていて不愉快になることが多いです。

    ミヤネも本気でガブられて大怪我すりゃいいのにね。

    それにしても石臼大関の持ち上げられ方が気になります。
    なんせマスコミは、人を二階に上げてハシゴをはずすのが常套手段。
    免疫のない菊関がどうなるか・・・。

    私はこの人の相撲は好きじゃありませんが(婉曲表現)、
    人間はきらいじゃないので(これまた婉曲表現)、この先が心配ですね。

    うちの招き猫でなくて良かったと、私もそう思います。
    いちばんそう思っているのは、鳴戸親方だったりしてね。

  4. 大関の地位
    わらべさん、おはようございます!

    いや~、おっしゃること、ことごとく御意にございます。

    大相撲は周知のように、
    神世の時代、野見宿禰と当麻蹴早にはじまる神事として生まれ、
    江戸時代には見せ物興業として発展したという経緯があります。

    明治から昭和にかけて、力士は男芸者などという呼び方もしていましたら、
    百歩譲って、そういうファンを喜ばせる存在であることはかまわないのですが、
    番組関していえば、神事を執り行う(しかも大関に)対して失礼以外なにものでもありません。

    実の親だって、「呼び捨てにはできない。大関と呼ぶ」と言ってるのです。
    大関とはそれほどの地位であります。

    かりに、大関に対するあの態度を、島田紳助や北野武にできるかといえば、
    ぜったいミヤネはできないですよね。

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