日曜美術館・高村光太郎〜十和田湖の智恵子

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栗タップリの栗ご飯を作りました。栗は米より古くからわが国に食べられていた食材です。

私が子供の頃に「智恵子抄」というTVドラマがあって、母方の祖母が大好きでよく見ていました。

奥さんの気が狂ってしまう(放送禁止用語)という、子供ごころに暗いドラマだったので、大人は何でこんなもの見るのだろうと不思議に思ったことがありますが、おかげで智恵子という人を知りました。

その夫が高村光太郎という高名な彫刻家だったのを知ったのは、中学校の教科書に光太郎の「手」が掲載されていたのを見た時からでした。

ウィキでドラマをチェックしたら、高村光太郎が丹波哲郎で智恵子が岩下志麻という濃厚なキャストですね。画商が金子信夫というのも納得です。


栗30コに米3合。市販のだし汁大さじ1杯に塩小さじ1杯で炊き込みました

日曜美術館では智恵子の狂気にはほとんど触れられていませんでしたが(下世話ですが、一番知りたいことなのに)、智恵子が光太郎と出会った時の強い眼差しと、心の病にかかった頃の目つきとは明らかに別人。

何があったのかは今となっては知るよしもありません。

昨年購入してまだ2回しか使ってない「栗くり坊主」 です

光太郎の「手」は最も有名な作品ですが、最も影響を受けたというロダンの傘下に作風があります。

個人的に好きなのは柘榴やセミの小さな木彫でしょうか。
日曜美術館の解説では、技巧的なことを賞賛してましたが、あの作品の真価は柘榴やセミの存在感でしょうか。

技巧はセミの生命感を出すために必要だっただけで、むしろそれ以上余計な労を凝らしていないと言う感じです。

光太郎の生活が安定しない、困窮していたというのも驚きで、このあたり一連の作品が、そのために作られていたというのも不思議な感じ。これも作品の他力本願でしょうか。

晩年、岩手の花巻に移り住んだというのも初めて知ったこと。

そういえば以前に訪れた十和田湖にあった2体の裸婦像、あれは高村光太郎のものだったのかという感想でした。

この彫刻に関しては進行役の井浦新氏と同じ意見で、「なぜ、ここに?」という違和感がありました。

十和田湖のうら寂しい風景に智恵子をモデルにした裸婦が2体。
なんだか寒そうなのに、妙に裸婦の体が豊満なのも不思議な気がしました。

そして何より、なぜ智恵子が2体?

私にはその意図がよくわからないのですが、光太郎本人でないと知り得ない何かがあったのだと思います。

謎ばかり残る2体の智恵子像でした。

日曜美術館・高村光太郎〜十和田湖の智恵子” への2件のコメント

  1. おはようございます。

    >高村光太郎が丹波哲郎で智恵子が岩下志麻という濃厚なキャストですね。画商が金子信夫というのも納得です。

    うううむ、こいつはすごいキャストだ。
    志麻ちゃん存命だけど、今撮るとしたら誰が演るんだろう?

    十和田湖の裸婦像、もの哀しいです。
    なんでかなあ、十和田湖で考えてみたい。

  2. お頭さん、おはようございます!

    レスが遅れて失礼しました。
    アセナランチでレスが済んだような気になってたもので(笑)。

    >十和田湖の裸婦像、もの哀しいです。

    そうなんです。
    このもの哀しさはただ事じゃないですね。

    そこが光太郎の表現したかったことかも。

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