三国志 Three Kingdoms~赤壁大戦


昨日の夜は少し時間があったので、中国で制作されたドラマ三国志 Three Kingdomsを見ました。

ドラマの最初の方は思ったほど面白くないので、ややガマンして見ていましたが、
(三国志だから見るって感じ)さすがに赤壁の戦いが近づくと、見せてくれますね。

このドラマの面白さはリアルな戦闘シーンではなく、
言葉や外交による戦い、人の心にどう攻め入るかという点であり、
経営者や政治家はもちろん、夜のサラリーマン諸氏に人気があるのも頷けます。

若い頃は、おじさんたちが戦国武将や三国志から経営を学ぶ・・・
なんてことをバカにしてたのですが、
ダジャレと一緒で、最近はミイラ取りがミイラになってしまいました。

諸葛亮孔明が赤壁の戦いを前に、曹操と戦うか、降伏するか。

呉の孫権の臣下たちが内輪でもめる中、
諸葛亮孔明が、降伏派の臣下たちを舌戦でやり込めるのは、
戦のシーンではないのに、見ていて血わき肉躍る場面ですが、
作家や演出家によって微妙に違うところが面白い。

映画「レッドクリフ」では、降伏派の先鋒・張昭が、
どちらかというと弱腰なキャラクターとして描かれているのに比べ、
ドラマ「三国志 Three Kingdoms」では、国を思う忠臣として描かれてます。

けっきょく孫権は、孔明の思惑通り曹操との一戦を決心し、
「降伏を口にしたものは、誰あろうこの机のように斬る!」
と家臣たちの前でタンカを切るわけですね。

主君・孫権は、大将軍に応戦派の周瑜を任じる一方で、張昭には
「国を思う気持ちは、どちらも一緒。
 そなたほど国の財政を知るものはいない」と、
戦の財務のすべてを任せ、降伏派と応戦派をひとつにまとめます。

をやをや。
やはり、このあたりは国がひとつにまとまってない親方が、ひとつの理想として描いた場面だな。

香港出身のジョン・ウーは、あくまでエンターテインメント中心にモノを考えるから、
降伏派を悪役に仕立てた方が面白いって判断だったのでしょう。

それにしても韓国でも中国のドラマにしても、国を思うことは美徳として描いてるよね。
なのに何で日本人が「国を思う」と発言すると、あんなに反発するんでしょう。
この手のドラマを見ると、いつも考えてしまいます。

写真は成都の武候祠で買った諸葛亮孔明のフィギュアです。

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