相撲錦絵の世界


アートブログと銘打ちながら「最近はポリティカルな話題ばかりだね」との声を受け、
(別に批判受けてるわけじゃありませんが)久々に、絵の話題をいたします。

昨日はあ@花さんと、中田大地くんの新刊についての打ち合わせを兼ねて、
紀尾井町のニューオータニ美術館「相撲錦絵の世界」を見に行きました。

絵画というのは、印象派展や現代美術を見る時のように、アート観賞の側面以外に、
その時代の資料として、何かを読み解くという意味を持ってるのですが、
「相撲錦絵の世界」は、こちらにとって完全に後者の部類でした。
まあ、絵を見るというより、おすもうを見にいったようなものですね。

そもそも浮世絵というのはブロマイドの役割を果たしていたので、
どうやら力士の体型や顔立ちは、かなり似せて描いていたのだと思います。

歌川国貞や菱川師宣といった、当時の名だたる絵師が手がけているのですが、
同じ力士を違う絵師が描いたものを比べると、さすがによく似ている。
当時の横綱だった谷風や不知火、秀ノ山といった人気力士の姿形は、
誰が描いたものを見ても、さすがに本人だとわかるように描かれています。
(これ、手前味噌ながら私が描いた岩永竜一郎先生がそっくりなのと同じです)。

「今でもこういう力士いるね」

「この体型は若の里、この力士は大乃国のスイーツ親方だね」

「行司が若い! 衣装が裃(かみしも)じゃないか」
(現在の上位の行司は年配の人が多い。また今の衣装は、平安時代の武士の装束)

そんな勝手な感想を口にして見ていくと、大勢の観客に囲まれた江戸相撲の錦絵を発見。
当時は野外に土俵と櫓を建てて人を集めていたのですね。
いちばん高見で見物してるのは、当時力士を抱えていた各藩の重鎮でしょうか。
砂かぶりから二階三階にかけては、落語の熊さん八さんのような、
見るからに庶民といった人たちがが大騒ぎをしてる様子が描かれています。

贔屓力士を応援する者、酔っぱらって相撲など見てない者など、
今の相撲観戦と変わらぬ様子を見ると、江戸の時代がグッと近づいてきます。
これを見ると、相撲の発祥は神事であるものの、その本質は見せ物であることを実感します。
(そう考えると、先日の八百長騒ぎは、まさに有名無実です)。

明治維新前は各藩にお抱え力士を、文字通り抱えていたようですが、
地位の高い力士は大小の帯刀が許されたのですね。
相撲は武芸一八般には含まれておらず、侍は決して相撲をたしなまなかったそうですが、
百姓でも庄屋になれば帯刀が許されたように、
出世したお相撲さんが大小を差していたのは興味深いことです。

豪奢な衣装を身に纏ったお相撲さんの様子は、北の富士勝昭さんの現役時代を想わせました。
今から九月場所が楽しみです♪

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