インドのアチャールくん 血の女神
chapter05と06を配信中!
昨日はお頭さん&じゅん×じゅんさんと一緒に、サントリー美術館〜もののあはれ展を見てきました。
雨の予報は見事に外れ、好天の中、絶好の美術館日和(?)
ひさひさにサントリー美術館です♪
いつもながら日本美術を見る時に思うのが、その不完全性であります。
いえ、わるく申し上げているのではありませんよ。
つまり描きかけで筆を置いたり、形の歪みを良しとして描ききっているというのは、世界でも稀な例ではないでしょうか。
意外に思えるかもしれませんが、東洋美術において完成度の高いものはチャイナや朝鮮半島にあります。
特に陶芸の世界においては、一点の曇りもない宋朝の青磁や李朝の壷に、こと完成度ということにおいて言うと、日本の陶器は遠く及びません。
ただ、工芸品としての完成度と、アートとして価値というのは同じではありません。
不思議なもので、完成度を追求しすぎると、芸術としてはだんだんつまらなくなることもあるのですが、日本美術というのは、その点をやすやすとクリアしているのが驚異です。
青磁を例にあげると、あれは還元焼成という技法で鉄分を青く焼き上げています。
それは低酸素状態+高温で焼き上げるという科学的に矛盾した技法なため、技術的にはたいへん難しいそうで、大概は鉄分は赤くなったり黄色くなって(鉄が酸化した錆の色)しまうのだそうです。
黄瀬戸というのは、青磁を焼き上げようとして失敗した例で、ここでわが国の先人は「これはこれで美しいから、焼いてしまえ」と考えたのでしょう。
完璧を求めない。
神道でも仏教でもキリスト教でも、どんな神さまでも受け入れてしまう日本人の柔軟さと言えましょう。
「もののあはれ」とは、まさに移ろいゆくものをはかなむ心。
完成することや頂点を極めることを特に求めない、日本人の美の本質にある気持ちが「もののあはれ」と言えるのかもしれません。
(だから時に競技や競争になると苦手なのかもしれませんが)
こちらは、美術館の帰りに突撃した赤坂なかむら食堂。もともと地元の人相手の料理教室だったのをお店にしたそうですが、赤坂6丁目の路地裏にある店のに、連日満員、大評判なようです。「もののあはれ」とは言えないメニューですが・・・。
ところで、日本美術を見てわたしが思うのが紅葉を描くむずかしさです。
もののあはれ展では、女郎花、ススキ、萩など枯れた色の草花は秋の色として美しいのですが、紅葉を美しく描いた絵というのは、あまり見たことがありません。
赤も黄色も暖色なので、キリッとして澄んだ秋の空気を表現するのがむずかしいのでしょうか。
写真に撮ると紅葉はこんな感じで、かえって冷たい空気の感じも伝わるのですが、これが絵となるとなかなか難しいのですね。
これは日本画に使う顔料が水銀などの鉱物を使った重たい色が多いというのもあるのでしょう。自分ではまだ美しい紅葉を描ける自信はありませんが、どなたか、紅葉を軽やかに描いた絵をご存知でしたら、ご教示くださいませ。
たっぷり2時間40分、堪能いたしましたが、展示の際にひとつだけ不満が。
会場に流れる鳥の声がいかにも無粋で、もののあはれとはほど遠いものに聞こえます。山で聞く鳥の声と、都会で聞くスピーカーを通した鳥の声は別物。
描かれている鳥がどんな声で鳴いていたか知ることは興味深いですが、できたら聞きたい人だけに聞けるヘッドホンでも用意してほしかったかな。
ともあれ素晴らしい展覧会であったのは間違いありません。
観賞後はしばし雑談のあと、なかむら食堂に突撃いたしました。
「もののあはれ」かあ。「あなたのやさしさがこわかった」とか「あなたわたしのまぼろしをあいしたの」同様、私が心の底から理解できない概念です。でも写真見るときれいだね。たぶん金が入ってるからかな。
ガラスに映った月が、もののあはれでした。
あ@花さん、おはようございます!
あ@花さんは「もののあはれ」なんてわからなくていいの(笑)
>「あなたのやさしさがこわかった」とか
>「あなたわたしのまぼろしをあいしたの」
↑ わたしもこの意味、よくわかりません。
というか、ただの戯れ言だと思うので、意味考えるのも意味ないかと。
もののあはれ、とは季節や人間のいとなみの移ろいに感じる心です。
そんな意味では「近頃はずいぶん日が長くなったな」とか「大地のぼうずも大きくなったもんだ」と感じるのも、もののあはれと呼んで良いでしょう。
ですので「あなたのやさしさがこわかった」と「もののあはれ」とは明らかに違います。一緒にしちゃダメよん♪
お頭さん、おはようございます!
>ガラスに映った月が、もののあはれでした。
あれ、聞くの忘れちゃいましたね。
あれは移ろいではありませんが、あはれでした♪
教えていただいてありがとうございます。この年になって、世の中には意味のない会話を交わすコミュニケーションがあること、ていうかあふれてること、そして自分がそれが嫌いなことに気づきました。「あなたのやさしさがこわい」もどうしてもわからなくて「やさしくされるとふつうはうれしいよね。こわくないよね」とぐるぐる考えていたのですが、意味がないんですね。それはよかった。
あ@花さん、おはようございます!
「あなたのやさしさがこわかった」とか、
たぶん、やさしい様子がかえってこわいとか、意味はいちおうあるんでしょうけど、考えてみたけどわたしもよくわかりません。
加えて言うと、「嫌い」なものを深く考えても得るものはないと思います。ほかにやることいっぱいあるわけだし。
怖かった、を、ヤバかった、ではどうでしょう???
お頭さん、おはようございます!
>怖かった、を、ヤバかった、ではどうでしょう???
お頭さんもイミわからないクチなようですな(笑)。
バレましたか。
バレバレです♪