ピカソはサイコパスだった?〜ラス・メニーナスのバリエーション58点に見る執着と破壊〜バルセロナのピカソ美術館を見て。


▲ゲルニカ(ソフィア王妃芸術センター蔵)

ラド美術館のベラスケス〜発達障害の道化師たちと国王フィリペ4世

一昨日からの続きです。

バルセロナでは旧市街にあるピカソ美術館にも行ってきました。そこで思ったことを記事にしてみましょう。

▼こちらはピカソ16歳の作品『科学と慈愛』。母の死の床を描いたものです。

ピカソは早熟すぎて、「ラファエロのように描くには4年かかったが、子どものように描くには一生かかった」と言った天才ですが、この絵がそれを証明しています。

しかし、この絵を見て感じたことがひとつ。
「ピカソが何を考え、感じていたのか、まったく読むことができない」ということです。いや…この絵だけでなく、ほかのどの作品は見ても、それは同じでした。
(そもそも16歳で母親の死を描くってこと自体が、色々な意味でスゴイですよね)。

大傑作「ゲルニカ」でも、それは同じでした。

これがベラスケスであれば、王に対する尊敬や慈愛の気持ちなど、描いたその時の感情が伝わってくるのですが、ピカソの絵にはそういった感情が読み取れないのです。

もしかしたらピカソは今で言う、サイコパスの一種だったのでしょうか?

たしかに彼は愛人同士を競わせてケンカさせたり、親友を自殺に追いやった女性と関係を持ったりと、サイコパスだと思われても仕方ないエピソードにこと欠きません。

▼こちらはピカソが関係を持った女性たちの肖像(写真が下手ですみません)。

どうでしょう?
女性に対する愛情が伝わってこないと感じるのは、私だけでしょうか?

ところが、ピカソの感情があらわに現れた絵もありました。それがこちら。
▼ベラスケスのフィリペ4世の肖像を模した作品。こちらも15歳頃の絵ですね。

ピカソがベラスケスを目の当たりにして、驚嘆し、さらに嫉妬し、いつか追い越してやろうという感情が、ひしひしと伝わってきます(ま、私の勝手な感想ですが)。

そういう意味では、ピカソがサイコパスだったというのは違うのかもしれません(そもそも、私自身はサイコパスという存在があるか、疑問に思ってる方ですが)。

で、本物がこちら。

ベラスケスが到達した最高地点「ラス・メニーナス」を、ピカソが描いたものがこちら。

有名な「ラス・メニーナスのバリエーション」
なんと合計58点、同じ1957年に描いています。

なんともピカソのすさまじい執念を感じさせますね。

これはベラスケスの最高傑作ラス・メニーナスに執着し、破壊しようと試みた連作と感じました。

すごいけど、なんだかイヤでした。

ラス・メニーナスの本物はこちら。

ピカソの感情が伝わってくる作品。それは絵画でなく、晩年に制作した一連の陶芸だったのではないかと私は思っています。