南田さん闘病番組…里見浩太朗は「つらかった」


南田さん闘病番組…里見浩太朗は「つらかった」(スポーツニッポン) – goo ニュース

上の記事は今朝読んで気になったニュースです。
こちらについては意見の分れるところでしょうが、
個人的な感想を述べると、長門裕之さんが妻・南田洋子さんの介護を公開したことは、
お茶の間に「老いていく」ことがどんなことか、
社会にハッキリと見せた点で意味があると思いました。
(いや、あまり見たいものではなかったけどね)。
そりゃ、最近は核家族化で、”年寄り”(あえて、ここでは高齢者とは書きません)が、
どんな生き物なのか知らない人が多いもん。

若い頃、アルバイトで女子高の講師をしていた時、生徒の一人が工芸の作業中に
「年寄りって、転ぶと死んじゃうんだって♪ キャハハハハ!」
なんておしゃべりをして、笑っていた娘がいたので、びっくりしたことがありますが、
たぶん家にお年寄がいなかったのね。
今や、その子もけっこうな歳のはずですが。

私の実家には、昔おばあちゃんが二人いて、
「赤坂の八つ墓村」「小暮の家には小竹と小梅がいる」なんて言われたものですが、
子どもの頃から年寄りを見てると、人が弱っていくのはどんなものかが、
若いうちからよくわかります。
人間は徐々に弱っていくのです。

動物商の白輪社長は、
「野生動物は死ぬギリギリまで弱みを見せない。
 弱みを見せた時は、死ぬ時だから。
 彼らが弱ってきたと人間が気づいた時は、たいていが手遅れだ」
と言ってましたが、人間はその逆です。
上野千鶴子さんの言うように「ゆっくり死んでいく動物」なのです。

私の場合、昨年12月に父が他界したのですが、晩年はやっぱり大変でした。
(私はまだ別に暮らしてたので、そうでもなかったけど、母と弟は大変でした)。
物理学者として優秀だったし、人格的にも尊敬していたのですが、
若い頃、結核で肺を摘出したことや、糖尿による合併症などから、
終わりの方はまさに病気のデパートでした。
でも、それで尊敬しなくなるかって言うと、そんなものではなく、
ただ、痛いな、淋しいなと思うだけで、受け入れるしかありません。
悲しかったのは、体が弱るのはまだしも、自慢の頭脳も衰えていったことでした。

あと一ヶ月ちょっとで、父が亡くなって1年になります。
まだ今年は2ヶ月ほどありますけど、いろいろな意味でちょっと辛い年になりました。

画像は「老い」とは反対にある子どもの絵(もちろん私が書きました)。
花風社さんが、次回出版する「ぼく、アスペルガーかもしれない。」のキャラクターです。
実在する自閉症(まだ診断中なので決まったわけではない)、
8歳の著者のDくんをイラスト化したもので、
こちらは本のカバーに使われます。
Dくん、もし自閉ならば、それとともに生きていくのはたいへんだけど、
未来がいっぱいあるから、その点は良いですね。

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