父の新盆


昨日は父が昨年末に世を去ってからはじめての新盆ということで、
投票を済ませたあと、早稲田にある菩提寺に4人で墓参りをしてきました。
(正しくは15日ですが、平日は全員揃わないので昨日お参り)。
ところでお盆というのは、もともとの仏教にはなかった習慣だそうで、
中国ではじまった死者を供養する儀式と言われています。
語源は”霊魂”を意味するサンスクリット語「ウランバーナ」やペルシャ語の「ウルヴァン」が転じ、
「盂蘭盆」に漢訳されたものとされてますが、よくわかっていません。
それが日本神道の習慣と結びついたのでしょう。
もともとの仏教に「霊魂」の考え方はなく、むしろ否定しているのがブッダの教えですからね。
「千の風になって」の歌詞ではありませんが、私もお墓に親爺がいるとは思いません。
風か塵になったのだろうと思いますが、不思議なもので墓参りというのは気持ちの休まるもの。
お参りしたあとは気持ちの良いものです。
ある意味で、自分のためにやってるところはありますね。
その一方で、親爺が本当にいなくなったのか実感がわかないところはあります。
何か違う存在になって見守ってくれてる気もするし・・・。
先日、実家で探し物をするので引き出しをあけたら、親爺の写真と目が会ってしまいました。
体調の良くない時の写真で、ちょっとこわい顔をしていて、
何やら親爺に怒られてる感じがしました。
もっとしっかりしろよってね。

墓参りのあとは母の希望で銀座アスター・銀座松屋店でお清め。
日曜の昼とあって、デパートの8階はどこも行列。
景気は良くないといっても、とても100年に一度の不況とはいえません。
最近、コンビニ弁当ばかり食べている母と弟は、久々の外食に満足した様子でした。
写真は海鮮ランチセットです。

父の新盆” への2件のコメント

  1. こんちは
    そうですかあ。
    私は先日、予備校時代の友人が癌で亡くなり葬儀のため今鎌倉に戻りました。
    死んでどこにいるのかなあ。。とその友人のことを思っています。寂しい限りです。
    先に行ってしまったけれど私もいつかは行く道。。。
    あの世にいくことになっても皆に会いたいです。(いやなやつには会いたくないけれど大好きだった友人には再会したいもの、笑)

    今日はとっぺい(西村亨)くんの展覧会が銀座柴田悦子画廊であるとのこと滞在をのばして見に行こうと思っています。
    せっかく東京に足を伸ばすので宮崎先生のも見に行こうと思います。
    あちこち回って忙しい一日になりそうです。

    小暮さんも時間があったら銀座に出向いてみませんか?

  2. それはそれは
    まだ若いのに気の毒ですね。
    死ぬとは体がなくなってしまうことですが、
    肉体が滅びたあと、私たちがどうなってしまうのかは
    永遠の謎に違いありません。
    夢の中では、いなくなった人と再会することがありますが、
    あれは実に不思議なものです。
    いなくなった人間に意思があるんだろうか?
    ねえ?

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