「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」展〜行って来ました!

昨日は国立博物館の平成館で開催中の「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」展に行ってきました。

フェルメール展が連日の満員ということでお客を取られたのか、比較的会場は緩やかな人の入り。また、いつもは4室いっぱいのイベントが、今回はディシャン展と2室ずつのシェアということもあったのでしょう。

ゆったりと鎌倉時代の名工による御仏を拝むことができました。

運慶の圧倒的な仏像に比べて、快慶・定慶の存在はやや地味目という印象がありましたが、こうして一堂に会するとなかなかどうして……いや、運慶とは異なる資質ながら、やはり後世に長く残る仏師は違うなと感じました。

白眉は何と言っても、快慶による釈迦如来像を中心にした十大弟子像でしょう。

個人的な好みで言うと、釈迦十大弟子像や羅漢像というのは、武骨すぎるものが多く、どうもとっつきにくい印象があったのですが、さすが快慶による十大弟子は違いますね。

モノクロですが、▼こちらパンフレットの写真をご覧くださいませ。

いや、釈迦十大弟子の個性や特性を完結に書いてあり、こちらと照らし合わせみると面白いこと!

13世紀の鎌倉時代の仏師が、紀元前6世紀のインド人を本当に見たはずはありませんが、おそらくはこの時代に生きていた誰かをモデルに十人の弟子を当てはめたのでしょう。

パンフレット左上端っこの富楼那(ふるな)は「説法第一・どのような人も説得して見せましょう」とありますね。
ふむふむ、いかにも自信に満ち溢れた顔をしてますな。でも、ちょっと傲慢さが目につくような……。

その下の阿難陀(あなんだ)は、私でも知ってるぞ。
「多聞第一・お釈迦樣の話を一番たくさん聞きました」か。聡明そうな良いお顔をされてるな。誰かに似てるなと思ったら、山ね家のご主人ににてるじゃないか。

超能力があったり、目は見えないけど心の目があるとか、さすがブッダのお弟子さん達は皆個性的ですね。

しかしながら、やはり一番美しかったのは中心におかれた秘仏・釈迦如来像でしょう。

十大弟子は明らかに実在したモデルはいると思われるのに、如来様のこの世のものでない感、超越した感じは、この時代……人の生き死にを目の当たりにした人間でないと到達できない気がしました。

金箔もつい先程貼られたかのような時空を超えた、この世のものとは思われない不思議な存在感は、この釈迦如来像を見るだけでこの展覧会に足を運ぶ価値があります。

「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」展は12月9日まで。
混雑もさほどでありませんので、未見の方はぜひご覧くださいませ。

 

 

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