蓮子さまの”ほうとう”は旨かったか?

今朝の「花子とアン」の蓮子さまに、朝っぱらから涙腺をゆるませていた中年オヤジですが、まさしく女優というのは泣く時も美しく泣くものです。
いや〜、蓮子さま。本当に気高くお美しい!

しかしながら、人間が本当に泣いてる時の顔、あるいは感動している時の顔というのは、ああいうわけにはいきません。
私は絵描きでなんで失礼ながら人の顔を見るのですが、感極まった時の人間の表情というのは、顔中の孔(あな)という孔がユルんでしまうものです。

涙はもちろん、鼻水やよだれも出放題、いや実は見られたものではありません。

役者というのは、そこを美しく泣いてみせたり、あるいは、実際に顔中の孔をわざとゆるませたりと、千変万化な表情を見せるのですね。

そこにドラマの虚構があるとも言えるのですが、今日の蓮子さまは素晴らしいの一言に尽きましたね。

さて、ドラマの中で蓮子さまがおかわりする”ほうとう”ですが、普通に作ったら美味しく出来て当たり前のほうとうですが(そんなことないか)・・・実際にこの場面があったとしたら、どうだったでしょう。

個人的な経験ですが、インドを旅行中に何度も旅先のインド人と仲良くなり、家に食事に招待されたことがあるのですが、私の乏しい経験からすると、インドでは家庭料理のクオリティは生活水準に正比例しました。

そもそも、ローカーストの家庭で食べるものは、衛生状態から違いますから、旨いとか不味いという以前の話になるのですが・・・(もちろん何度か下しました)。

ただ別に人間、身分が高いから旨いものを食べていたというわけでもなく、かのハプスブルク家、エリザベートの夫フランツ・ヨーゼフ1世の食事時間は15分とか30分、チャッチャと済ませて公務に向かったといいます。

そのあたりは国民性とか時代によっても大きく変わると思います。

わが国の場合、どうだったでしょう。

黒澤明の「七人の侍」では木村功扮する若侍・勝四郎が、「私も稗や粟を食べた。とても食えたものではない」という場面があります。
(誤解ないように申し上げると、百姓を蔑んでいる場面ではありません。恋した相手、百姓娘の志乃に『自分はのうのうと生きてきて恥ずかしい』という場面です)。

ところが、実際の稗や粟がそんなに食えたもんじゃないかと言えば、そういうわけでもなく、最近の健康ブームで五穀米や十穀米には必ず入ってるアイテムです。
ほかにも雑穀として黍(きび)なんてありますけど、これは有名な吉備団子に使われます。吉備の国名物、黍で作ったきびだんご。

雑穀も調理次第では生きてくる食材であります(まあ、母などは戦時中を思い出すといって、五穀米や玄米は絶対口にしませんけどね)。

蓮子さまの食べた”ほうとう”のお味はどうだったのでしょう。

もしかすると、食えたもんじゃなかったかもしれないし、本当に美味しかったかもしれません。不味いとしたら、山梨は謙信が信玄に塩を送った地でもあるから、塩分不足でしょうか。

ちなみに、世界的に食されてるピッツァですが、もともとは小麦粉を練って竈で焼いた大衆食をエマニュエル2世という王様が改良したものです。
ラーメンを一番最初に食べた水戸光圀公のように、エマニュエル2世も変わったものや大衆食が好きだったんでしょうな。

ナポリはカポディモンテの丘にいっぱいあった、陶器の工房の窯をピッツァ用に改良して普及したのが現在のナポリピッツァだそうです。

ちなみにその時を同じにして、イタリアは統一され独立。モッツァレラの白、バジルの緑、トマトの赤がイタリア三色旗にちなんで、当時の王妃の名にちなんで作られたのがマルゲリータです。

なんだか蓮子さまから話が明後日の方向に行っちゃいましたが、本日はそんなわけでお粗末さまでした。

写真は南インド料理店ダクシンの八重洲店のメニューです。

蓮子さまの”ほうとう”は旨かったか?” への2件のコメント

  1. 仏茶さん、こんにちは!

    >伝家のほうとう・・・ いやなんでもないです

    ふっふっふ。
    ”ほう。とう”とう、ここまで来ましたか・・・なんて、ウフッ♪ 

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