歴史秘話ヒストリア~葛飾北斎を見た!


珍しく、2日続けてアートの話題です。

昨日はなぜかマレーシア戦を見るようなテンションではなく、
NHKの「歴史秘話ヒストリア」で、葛飾北斎の特集を見ていました。

いやはや、画狂人北斎・・・恐るべしです。
なんか自分にはとても近づけないけど、目指すべき人・・かな。

不調法ながら、驚いたのは北斎が狩野派や琳派の門を叩いたこと。
そしてシーボルトらと通じ、西洋絵画も学んでいたこと。

言い訳ながら、私の持っている資料にそのことは出ていないので、
最近になって知られるようになったことかもしれませんが、
その間に画風がものすごい変貌を遂げております。

北斎もまた、多くの画家と同じく成功を目指し、
大衆の人気を気にした浮世絵を大量に描いていたわけですが、
一方でいったん成功したら、名前を変えて引越しを繰り返すという、
誠に奇妙な性癖を持っていたようです。

江戸時代は今より身軽に動けたのか、宵越しの銭は持たずに暮らせたかわかりませんが、
大衆の人気を気にすることと、己の画業の研鑽は同じだったのかもしれません。

それにしても富嶽三十六景、古希を過ぎてからの画業とは驚きだな・・・。

番組ではビッグ・ウエーブと呼んでいた「神奈川沖波裏」、
たしかに不断の精進を続けてきた結果、到達した極地ともいうべき作品ですね。
(言いやすいけど、なんだかサーフィンみたいですな)。

水の動きは絵を描く際に、もっとも表現の難しいもののひとつですが、
写真などなかった時代に、あの一瞬を捉えるためにどれだけの研鑽を積んできたのか。
その目と絵筆の流れには驚嘆です。

あのディズニーの名作「ピノキオ」の海のシーンは、
何度描いてもうまく行かなかったのを、北斎の「神奈川沖波裏」を参考にして、
はじめて波の動きをアニメ化できたそうで、いやはや北斎、恐るべしです。

よく日本人は外国から指摘されて、国内の評価が上がると言いますが、
反対に北斎を見つけて評価した外国人を褒めるべきでしょうね。

外国人でも日本人以上に相撲のわかる人がいるように、
岡目八目で外から見た方がわかることが多いもの。

数多くの浮世絵師の中から、北斎を見つけた眼力というのは大変なものではないでしょうか。

画像はドラクロアの「ライオンに教われる馬上のアラブ人」と、
北斎の富嶽百景から「武辺の不二」。

資料を見て驚いたのですが、
奇しくもドラクロアのこの絵が描かれたのは、北斎が亡くなった年と同じです。

印象派が北斎ら浮世絵の影響を受けたのは有名ですが、
ドラクロアはそれより前の時代の人。
でも、この2点・・・関係ないという方がムリがありますよね~。

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