昨日は「組まない柔道の稽古」で、柔道仲間と汗を流したあとに風呂に入って、いつもの中華屋さんで会食でした。
その中で出た話題は、静岡県知事の「菅総理教養レベルが露見した」発言でしたが、もちろん柔道仲間の評判は最低でした。
静岡知事の「菅総理の教養レベルが露見した」発言で思い出した、
物理学者だったわが父が、
中学に進学できなかったかもしれなかったという話。
↑ そこで先日書いた記事に書いたことで、言い足りなかったことを思い出したので、備忘録の意味もかねて再考記事に致します。
それはタイトル通り、父が学歴で人を決める人間を軽蔑しながらも、なぜか学歴にこだわっていたことです。
父はよく、近所の知り合いのおじさん、おばさんが「あの人は◯◯大学だから」といった話を「愚にもつかぬ」と言って一刀両断にしていました。
その一方で、息子(私ですが)の進学はもちろん、自分の学歴や経歴などにけっこうなこだわりがあって、若い私は“親父はいったい何を考えているんだろう?”と思ったものです。
それはつまり、自分が進学できるか否かという岐路を、12歳くらい…昔で言う元服前に経験したからなのですね。
父は「自分は運良く教授の職につけたが、そうならない可能性はいくらでもあった。世の中に、そんな後悔をしている人はいくらでもいる」とよく言っていたものです。
親父は進学できなかったかもしれない分岐点に、早くから立ったからこそ、苦労して進学できた価値にこだわっていたのですね。
父が世を去って、今年で13回忌目になりますが、今頃になってそんなことがわかった次第です。
え? 静岡知事はどうなったって?
いや、だから人間としてアカンでしょ(笑)。