安倍龍太郎「等伯」読了しました!

安倍龍太郎「等伯」読了しました。

実は読み終えたのはしばらく前のことでしたが、あまりに素晴らしいので、どう記事にして良いものやら考えあぐねておりました。

それというのも絵師というものが、どのように生きて、己の仕事に向き合っていくかということを、この小説によって見せつけらえたからであります。
小説でも映画でも画家を主人公にしたものは、大抵はスタイルだけで終わっているつまらないものが多いのですが、 安倍龍太郎の「等伯」はそれとは一線を画した小説でした。

等伯は戦国時代、信長、秀吉、家康の三傑が活躍するど真ん中を生きた画家です。
元は戦国大名・畠山氏に使える武家の出身ということですが、桃山から江戸時代にかけて武家出身の絵師や陶芸家などは数多くいました。

浮世絵の創始者と呼ばれる岩佐又兵衛は、信長に謀反を起こした荒木村重を父にしますし、マンガ「へうげもの」で知られる織部焼の古田織部、姫路藩重臣の次男坊だった酒井抱一などがそれであります。
またかの剣豪、宮本武蔵は二天の雅号を持つ一流の画家でした。

歌人は貴族に多いものですが、貴族出身の画家というのはあまり聞いたことがありません。絵の才能があった貴族は大勢いたでしょうけれど、おそらくは絵描きというのは、その時代には下賎な仕事だったからでしょう。

「等伯」を読んでいても、千利休や秀吉に重用されるなど、当時一流のクライアントの依頼で絵を描くものの、画家というのはあくまで人に仕えることを生業にします(これはアーチストなどという言葉が先行し、仕えることを忘れた今の時代の戒めにしたいところ)。

お武家というのも同様、元は宮家に仕え警護することを業とします。征夷大将軍という称号などはまさしく、その総大将を意味しますからね。
だからこそ武家の次男坊などから、すっと画家に転身することが出来たのでしょう。

長谷川等伯も同様で、生前に輝かしい成功をおさめた絵師ではありましたが、厳しい時代に仕事を受けていく苦労や葛藤などが、細かく描かれています。
特に狩野派との対立場面は凄まじく、仙洞御所対屋障壁画の注文を獲得しようとした等伯を、狩野永徳らの申し出で取り消されたというのは、史実的にもあったそうですが、人の持つ業や嫉妬などがいつの時代にもあったことを思い知らされます。

物語の白眉は、カバー絵にもなっている「松林図屏風」が描かれるさまです。

実物を見るとわかるのですが、あの大きな屏風絵は、何枚もの紙をつなぎ合わせて描かれていますが、なぜそれがそのように描かれているのか・・・こちら小説家、見て来たような嘘を書きですが、なるほどと納得するようなクライマックスに仕立てられています。

絵に興味、等伯に興味のない方にもすすめられる、という小説ではありませんが、少しでもご興味ある方はぜひ一読してほしいものです。

次は、等伯のライバルだった狩野永徳を主人公にした、山本兼一の「花鳥の夢」でも読んでみようかな。ちなみにこちら単行本のカバー絵は、大学時代の友人、北村さゆり画伯の手によるものです♪

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