小竹と小梅~赤坂の「八ツ墓村」


今日は父の日ですが、うちでは親爺が生きてるうちから何か送ったことはありません。
親爺っていうと、ちょっと扱いがぞんざいになるのかも。

おじいちゃんにしても、うちでは母方の祖母は私が3歳の時になくなっており、
父方の房太郎さんに至っては、親爺が3歳の時に早世しております。

反対にわが家では、父方と母方、両方の祖母がいたので、
それこそ、一つ屋根に紅花ばあさんが2人同居していたようなもの。
華々しい騒ぎの繰り広げられる毎日でした。

画像のマンガを読んでもらってわかるように、
(拙著「物理のしくみ」より。何で物理の本に婆さん2人出てくるんだって)
2人の祖母は、同じ千葉出身ながら性格がまったく違い、
母方の”ゑい”(さん)は戦時中も食うに困らなかった家付きの娘。
父方の”ふじ”さんは、尋常小学校を出たあと(出てないかも)奉公に出てはたらき、
20代で結婚後、すぐに後家になって3人の子供を育てた苦労人です。

価値観も生活も真逆な姑どうし、ソリが合うはずもありません。

おヱイばあさんは、思い浮かんだことが何でも口に出るタイプで、
ある日、母に(実の娘になります)、お気に入りの着物を探してくれと、
こんな頼み方をしました。

「ホレ、ハルコちゃん。あのあたしの持ってるカスリの着物よ。
 ホレ、あんたが持ってるものより、ずっと良いやつ」

うむむ。
子供心に何て言いたいことを言う人だろうと思ったものですが、
ご飯でも食べたいものがあると、
「ホレ、ちょっとよこしな。あたしが食べてやろう」。

トンカツは端っこがきらいで、
「年よりはトンカツなんて、ロクに食えないんだからねえ。
 年よりにゃ、端っこじゃなく、真ん中よこすモンだよ!」などと言いたい放題でした。

一方のおフジばあさんも、この程度のことで負ける人ではありません。
コマネズミみたいに小さく、よく働く人だったので、
当時の人としては、大柄であまり動かないおヱイばあさんに、
当てつけがましく掃除や後片づけをこなし、
「あたしゃ、働かないのは大嫌いなんだ」とか、堂々と宣戦布告をしていたのを覚えております。

当時でも、ばあさん二人が家にいるのは珍しかったので、悪友たちからは
「赤坂の八ツ墓村」
「小暮のうちに行くと、小竹と小梅がいる」などと言われていたものです。

ま、私は2人に時々肩など揉んでは機嫌をとり、適当に小遣いをせしめていたので、
あまり気にしませんでしたが、母は大変でしたがねえ。

ただ、昔の年よりというのは不思議な力を持っており、
それは家を守る力とでも言うのでしょうか。
毎日が騒がしかったけど、家自体は平穏で安泰でした。

おフジさんは私が24歳の時に世を去り、おヱイさんは私が三十路になった時に世を去りました。
その頃まで、苦労らしい苦労をしなかったのですが、
妙な具合に世の中に揉まれるようになったのは、それからのこと。

どうやら人というの身内の寿命が尽きる頃から人生が変わるようになるようです。
(まあ、それでも大した苦労はしてません。
 人並みになったというだけですがね)。

先日から紅花ばあさんのことを書いているうちに、二人の祖母を思いだした次第です。

それにしても一緒に住んでいれば、紅花ばあさんにも家を守る力が出てくるのでしょうが、
それが今の世の中というわけなんでしょうね。
天寿を全うした私の2人の祖母に比べ、元教師の紅バアが気の毒になる時もあります。

だからって毎日ピンポン鳴らされるのは迷惑ですが。

小竹と小梅~赤坂の「八ツ墓村」” への6件のコメント

  1. またまた反応してしまい・・・
    画伯こんばんは!

    二人のお婆様のお話に刺激されてまたお邪魔しております。 

    二人のお婆さんとの生活って経験したくてもそうそう出来るものではないですね。

    我が祖母も明治女、103歳でなくなりました。
    身体も気持ちも頑丈でした。

    80歳過ぎたころ、墓参りで集まった親族の前でスズメバチ2、3匹に頭を刺され、病院に行くよう説得されても行かないと言い張り、ハミ焼酎をつけて自力治すという荒技をしたことがありました。
    またそのハミ焼酎を造るため、焼酎の中でまだ生きているマムシの歯がかすり、またもや病院に行かないと困らせたこともあったようです。
     
    働き者で器用でワイルドで少しビールを呑み、魚より肉が好きでユーモアに溢れた婆さまでした。

    昔の年寄りの家を守る力って、同感です。

    私も画伯のブログで祖母を思い出さしていただきました。

  2. わが祖母は
    80過ぎて水中エアロビクスを始めてましたね。当時はバブル期で水着が全部ハイレグ(死語)で困っていました。今は高齢者用の短パンみたいな水着とかすぐ乾く素材とかが出てきて、あのころこういうのあったら便利だったろうなと思います。
    小さい頃東横線の渋谷駅で線路に象のヘアピンを落として泣いていたら「そういうことで泣くものではありません」と叱られたのが思い出です。明治の女性は取り乱さないものだったのですね。
    今でも東横線のあの線路と電車のすきま(大きいのよ)を見るたびにそのことを思い出します。

  3. 目指せ、110歳!
    いっちゃん、おはようございます!

    ばあさんに反応するbotのようにお越しいただき、ありがとうございます!
    (ツボですね♪)

    それにしても103歳ですか。
    前にも聞いたことがありますが、わりと最近までご存命だったとか。
    だけど凄いですね~。

    さらに80歳でスズメバチに刺されたというのもすごいなあ。
    普通は死んでしまうと思うけど、元の体が丈夫だったのですね。

    で、ハミ焼酎って何?
    はじめて聞く言葉ですが、マムシ酒のことですか?

    それにしても刺されてからマムシ酒作って、それで治すという発想は・・・。

    いっちゃんもその遺伝子受け継いでいるのですね。
    今から目指せ、110歳!

  4. あのカーブ?
    あ@花さん、おはようございます!

    ををを!
    80歳過ぎてハイレグですか!
    さすがはあ@花さんのおばあさまですな。

    明治の女も色々ですが、うちの祖母たちも妙に度胸のすわったとこがありました。
    それに比べると紅花ばあさんは地震が来るたび「こわいこわい」と駆け込んできますが、
    あれは口実なのかなあ?
    ホントに怖がってるようにも見えますが、一人暮らしということもあるのかもしれません。

    ところで東横線のスキマって言うと、あのカーブのところかな?
    あそこは私が子供の頃から同じですね。
    銀座線から降りた周辺は渋谷の中では変わってない地区だと思います。

  5. こんにちは、お婆ちゃんbotです(笑)
    ハミ焼酎ですが、「はみじょうちゅう」とこの辺では言います。マムシ焼酎ともいうみたいですね。
    ハミ焼酎で検索してもらうと、作りかたや画像まで出ますよ。いや、作りませんよね
    これ万能薬のように虫刺され、傷、火傷など、胃薬として呑むこともあるみたいですが・・・なんせ臭いが強烈です。一度嗅ぐと、この臭いはまず忘れないと思います。
    人によっては、吐くかも。
    子供の頃この臭いの洗礼をうけると、たいていの悪臭は許容できるようになると思います
    (あ、ぷんぷん臭う香水の洪水だけは今もダメです。)

  6. 安芸のマムシ
    いっちゃん、おはようございます!

    やはりマムシ酒ですか。
    今の世の中、ネットで検索できるのでが、
    いっちゃんの話が聞きたかったので、あえて振ってみました。

    マムシのこと、広島じゃハミ言うんじゃのう(なんてニワカ広島便)。

    それにしても、どの情報を見ても「凄い臭い」だそうですが、
    においだけは実際に嗅いでみないとわかりません。

    嗅ぎたいような、嗅ぎたくないような。

    マムシだけに、”まー、無視”できないか・・なんて、ウフッ♪

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