横山大観展 画は人なり〜「夜桜」「紅葉」、見て来ました!

横山大観展、昨日友だちと家内の3人で再訪いたしました。
後半に展示されている 「夜桜」「紅葉」を見るためでしたが、大観先生は長生きをされて作品点数が多いせいか、だいぶ前半の展示との入れ替わりがあって満足の展覧会でした。

「私はまずい絵ばかり描いて来ましたが、気持ちは今でも、世界一の絵を描こうと思っているんです」

とは大観先生のお言葉。
私が言うと”おまいう”という感じですが、線の詰めが甘い横山大観がご自分のことを知った上で言ったセリフ。なかなか言えるものではありません。
会場で私は友だちと家内と「よし、私もこれを座右の銘にしよう」なんて言いましたが、まだまだそんな境地には……(笑)。

還暦を過ぎた頃に描いた「夜桜」と「紅葉」は、おそらくは横山大観の中でも最も知られた作品でしょう。

どちらも成功してからの作品で、「夜桜」などはローマ日本美術展に出品するとあって、その気合いの入れ方が違います。

下世話な話になりますが、まずは使っている画材がすこぶる高価なものばかり。
「夜桜」の夜空の青は、おそらくは藍銅鉱(らんどうこう)を砕いた群青でしょう。今でもこの顔料は30gで1万円以上するお高い素材。
夜空の月は、プラチナ箔に違いありません。

また、七夕の歌にも「金銀砂子」なんてありますが、砂子とは、金銀の箔を細かい粉状にしたもので、そのプラチナ箔を惜しげもなく大画面に使用しています。

もちろん高い素材を使えば良い絵が描けるわけでもなく、それだけでは、高級食材を喜んで食べるタレントの食レポと変わりありません。

プラチナ箔や群青などを使うには、その色材でないと出ない色だからであって、安い色材でも、それでなければ出ない色があれば、それは同じことです。

豪華絢爛、それを極限まで引き出した作品が、この 「夜桜」と「紅葉」と言えましょう。

「夜桜」では、桜の花びらひとつが、松の枝ひとかたまりより大きく描かれていたり、「紅葉」では水の流れが「への字」の連続で描かれているなど、もうやりたい邦題ですが、このあたりのおおらかさは何とも大観先生の素晴らしいところ。

技術的なことをかっとばし、溢れるイマジネーションを画布にぶつけてくる潔さは、まさに大観先生の真骨頂と言えるでしょう。

余談ながら、使っている色材の価格はその画家の真筆か贋作かを見破る決めてにもなります。

今でも、上野の西洋美術館に収蔵されているヨールダンスの作品は、以前はルーベンスのものと表示されていました。それをスペクトルの分析によって、使われているブルーが高価なラピスラズリではなく、違うものだったことから、ルーベンスの真筆でないと評価されたのでした。

それにしても、あらためて「海に因む十題」を見て、日曜美術館の高橋源一郎や司会者のひとりが言った、心ない発言に怒りを覚えてきました。

「ここに大観はいない」

自分の意にそわぬものは「ないことにしたい」という、この人たちの発言は、まさに画家に対する冒瀆以外のなにものでもありません。

ただ、入場者数には貢献したのか、この日は平日の午後だったのに、連休中昭和の日よりもはるかに混んでいたのにはびっくり!

第二会場の「生々流転」は行列を待たないと、見られない混雑ぶりでした。
まあ、場内の行列なので、ものの15分ほどですぐ見られたのですが♪

「横山大観展」は今週日曜27日まで。
後半のラインナップは、より素晴らしいので、この機会に行くことをオススメいたします。

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