
昨日の記事に関して、自閉症児の父という方からこんなコメントが届きました。
簡単に教えられるなら、こんな事件は起きない。
自閉症の方も女の子も気の毒でした。
それよりも自閉症をよく知らずに発言するあなたこそ、恥を知るべきだ。
わたしの書いたレスや、ほかの方から来たコメントは、昨日の記事を見ていただくことにして、
この短いコメントには、奈良自閉症協会に掲載された記事に関する、
本質的な問題が潜んでいると思いましたので、この続きを書くことにします。
少なくとも自閉症児の父さんは、私が「自閉症のことを知らない人間」という前提で書いています。
その上で、自閉症を知らない人間は「発言するな」と発言しています。
うーん。
これは完全なファシズムですね。
自閉症を知らない人は、何も言っちゃいけないんだ。
事件が起っても仕方ないんだ。
また、これは障害に関する人の特権階級要請ですね。
問題は自閉症を知っているか、知らないかではありません。
本論は障害者が、それを犯罪と知らずに起こす事件を、そのまま放置して良いのかという話です。
残念ながら世間は、自閉症と引きこもりを混同してるような人がほとんどです。
それは変えていかないといけませんが、それには限界があります。
人前で股間をいじってはいけない、と教えられずに、
何だかわからないまま警察に連れていかれる自閉症児は、たしかに気の毒でありますが、
では被害に遭った4歳の女の子は、それで仕方ないのでしょうか?
簡単に教えられるなら、こんな事件は起きない。
自閉症の方も女の子も気の毒でした。
↑ この短い一文をみなさまはどう読み解くでしょう?
「自閉症の方」が先に来ていて、被害の程度は同格あつかい。
わたしには、被害に遭った女の子の比重が軽すぎるように思えてなりません。
「簡単に教えられないから、こんな事件が起ったとしても仕方ないんだ」
そんな意識がここでは大きく顕われています。
文は人なりと言いますが、言葉はこわいですね。
おそらくは脊髄反射的に書いた文章でしょうが、この方の考え方が随所にあらわされています。
(語るに落ちたとは、このことでしょうか)。
「簡単に教えられるなら、こんな事件は起きない」という主張は、
自閉症児を子供に持たない人にたいしては、ある程度通用する理屈かもしれませんが、
ひとたび自分が被害者になった場合、それで済ませようという人間はまずいないでしょう。
コメントに来ていただいた親父代表さんのように、
それを克服してきた人たちも大勢いるのです。
ここにあ@花さんのコメント。
たとえ警察の対応がまずかったとしても、まったく自分たちの加害者的側面を無視してひたすら
被害者になるその態度こそが自閉症の理解を阻むのだと支援者からも声が上がってますよ。
私にいえることは、そういう保護者、そういう支援者のほうが、
将来的にこういう不幸な事件とは無縁でいられるだろうねということだけです。
写真は赤坂のある地点から見た東京ミッドタウン。
展覧会では、こういう風景も出そうと思っています。
