教えている子供たちを見て思いました〜私は生まれ変わっても、若返っても、同じような道を歩むのだろうな…と。

▲子供の教材用に私が見本に作ったダルマくんです。出来は…(笑)♪
新聞紙を丸め、その上にお花紙をフノリで貼っていく工作です。

お子さんに絵画造形を教えはじめて2週目になりました。
よく「負うた子の教わる」と言いますが、色々な意味で子供に教わることは多いですね。

「栴檀は双葉より芳し」という言葉があります。
意味は「白檀 (びゃくだん) は発芽のころから香気を放つ。大成する人は幼少のときからすぐれているというたとえ」とありますが、この言葉…解釈のしようでは“すぐれてない人”にも当てはまるのです。

というか、すぐれた人、普通の人、すぐれてない人。
すべての人は最初の発芽の頃から持っているものがあるのです。

「栴檀は双葉より芳し」は、すぐれた人に使う例えですが、実は「三つ子の魂百まで」とよく似た言葉です。厳密には違いますが。

外では「ママがいない、ママがいない」と泣き叫んでいるのに、教室の中に入って、おやつを食べ終わったらいきなり威張りだす子。

おしゃまで先生に命令する子

黙々とずっと作業をする子。

さっきまで一所懸命作業していながら、いきなり乱暴をし出す子。

いや、これはセンダンかどうかわからないけど、みんな新芽ですよね。

一方で私はこんなことを思いました。

昔から「ファウスト」みたいに、若返ったり生まれ変わったりして、別の青春を歩み出す物語があるけど、自分は意外と同じような道を行くんじゃないか。

世間では、若い頃にこれをわかっていたら、もっと違う人生があるんじゃないかなんて言う人もいますけど…いやいやアンタ。
そんなことわかってたら苦労しないんだって!

さっきまで「ママ、ママ」と泣いていながら、おやつ食べたら威張り出す子を見て、そんなことを思いました。ああ、自分もこうだったなって(笑)。